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D3ブログ - 『銀座展望台』9月6日(水曜日)雨

『銀座展望台』9月6日(水曜日)雨

カテゴリ : 
銀座一丁目ブログ
執筆 : 
makiuchi 2017-9-6 7:49
▲国連は11日の採決を目指して北朝鮮に対する厳しい制裁を加えるという。中国とロシアが消極的である限り成立したとしても実効性は期待できない。それでも国連として何らかの手を打つほかあるまい。核に狂奔する北朝鮮の行く道は地獄である。それが分からない国が存在するということだ。6者協議などは夢の夢になってしまった。
▲靖国神社の参拝する(9月4日)。あいにく雨が降っていたがそれでも参拝客は絶えなかった。
明治天皇御製     月(明治38年)
「秋の夜の月に向かいて祈るかな
国の光のまさりゆく世を」
「遺書」    陸軍技手 安藤武夫命
昭和20年7月7日フィリピンルソン島カバヤン地区にて戦病死
愛知県設楽郡稲武町出身 40歳
遺書には”無理なのが昔から戦である“とある。辞世の歌をしたためる.『子は征きて還らぬものと知りながら涙かくした母に応えむ』
「大東亜戦争は次第に日本の敗色が濃くなってゆく。フイリッピン戦線では昭和19年12月,第14方面軍(軍司令官山下奉文大将)がルソン持久作戦計画を策定。直轄の尚武集団を北部ルソンの山地に、振武集月団をマニラ東高地に、建武集団をクラーク西方高地に布陣、中部ルソン平原を東西の線で圧力を加えて米軍の大兵力をルソンに抑留しようと企図した。戦い利あらず日本軍は各戦線で敗退を余儀なくされた。昭和20年の1月9日米軍 ルソン島リンガエン湾上陸、2月3日 米軍マニラ突入、4月25日バギオ突入。6月には日本軍は組織的抵抗を失った。そのような戦況の中での安藤技手の戦病死であった」

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