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D3ブログ - 「銀座展望台」12月16日(土曜日)晴

「銀座展望台」12月16日(土曜日)晴

カテゴリ : 
銀座一丁目ブログ
執筆 : 
makiuchi 2017-12-16 8:21
▲靖国神社に参拝する(15日)。師走とあってさすが参拝客は少なかった。
明治天皇御製(明治45年)
「はれわたる空をぞあふぐむらぎもの
こころのちりをはらひきよめて」
遺言    陸軍中尉 吉川 泰命
昭和19年12月8日フィリピンレイテ島プラウエン飛行場にて戦死
熊本県飽託郡託麻村出身 22歳
吉川泰中尉は陸士57期(卒業昭和19年4月)歩兵20聯隊(隊長鉾田慶次郎大佐=陸士26期)に配属。20聯隊は昭和19年10月、レイテ島レイテ湾ドラッグ地区の防備に付く。10月18日午後から米軍はレイテ湾ドラッグ、タクロパンに猛烈な艦砲射撃と爆撃を加え19日正午ごろから上陸を開始した。これを撃退するも翌20日正午ごろ再び艦砲射撃を加え、200隻の上陸舟艇で1個師団がタクバン、ドラッグ地区に上陸した。20聯隊は奮戦したものの後退を余儀なくされた。23日には鉾田連隊長が戦死される(任少将)。激戦後、タガミ西方からロビ山東麓に布陣したが死傷者多数、兵器も失い食糧底をつく有様であった。最後はプラウエン飛行場(10月24日米軍に占領される)へ斬りこんだ。吉川中尉もこの時、戦死された。さらにゲリラ戦を展開、昭和20年6月ごろまでに玉砕した。
20聯隊の上級部隊は16師団であった。師団長は牧野四郎中将(陸士25期)であった。元陸軍予士官学校の校長であった。57期はその教え子である。20聯隊では岡田智中尉が吉川中尉とともに12月8日ブラウエン飛行場で戦死。また広海賢三中尉が昭和19年12月20日レイテ島で戦死された。

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