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D3ブログ - 「銀座展望台」1月27日(土曜日)晴

「銀座展望台」1月27日(土曜日)晴

カテゴリ : 
銀座一丁目ブログ
執筆 : 
makiuchi 2018-1-27 7:33
▼安倍晋三首相は国会の施政方針演説に対する答弁の中で次のように答えた。「近年の世論調査でも自衛隊を合憲という憲法学者は2割にとどまる。『違憲』と主張する有力な政党もある。自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあったら命を張るってくれ』というのはあまりにも無責任だ」。当然の主張である。むしろ今の若者に「日本を守る気概有やなしや」を問いたいぐらいだ。
この答弁に作家大江健三郎が毎日新聞1夕刊(1958年=昭和33年6月25日)に書いたコラム「女優と防衛大生」を思い出した。大江は「ここで十分に政治的な立場を意識してこれをいうのだが、ぼくは、防衛大学校生をぼくらの世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている」と書いている。時に大江は23歳であった。私は32歳、毎日新聞の遊軍記者で「皇太子妃取材班」の一員であった。今の陛下のお嫁さん探しの取材に明け暮れていた。陸士の同期生の少なからずの者が警察予備隊の時代から自衛隊に入隊しているので心穏やかでなかった。この時、防大7期生の一人がその新聞に反論を書いて防大の教官に注意されたという。当時防大の3年生であった現偕行社理事長冨沢暉さんはその著書「軍事のリアル」(新潮新書)で当時の心境を次のように記す。
「学生一同洵に辛い思いをしたのだが、その時、筆者たちを救ったのは林統幕議長が何度となく伝えてくれたドイツの詩人・シラーの『大いなる精神は静かに忍耐する』という言葉であった」。時に人は言葉に救われる。
このころ、林敬三統幕議長の専属副官をしていたのが同期生の鈴木七郎君であった。予科時代同じ区隊であった。林統幕議長は宮内庁次長からの転身で父親は林弥三吉中将(陸士8期・東京警備司令官。昭和23年8月死去・享年73歳)。鈴木君は昭和34年11月から丸3年間副官を務め林統幕議長の言動は教えられるところが多く、人生の師として尊敬し仕えた。議長の座右の銘は「大いなる精神は静かに忍耐する」であったと、鈴木七郎君は我々が出した59期予科23中隊1区隊史に書いている。
なおこの言葉はシラーの作品「ドン・カルロス」第1幕第4場に出てくる。スペインの皇太子ドン・カルロスの幼馴染みであるポーザ侯のセリフである。
Marquis
Mathildens Herz hat Niemand noch ergründet -
Doch ll. große Seelen dulden sti(ポーザ侯爵-マチルデの心はまだ誰も究明していない。
しかし、大いなる精神は静かに忍耐するのです)。
因みにシラー(1759~1805)は19歳の時にシュトガルトのカール兵学校に入学、法律と医学を学び、聯隊見習軍医となったが24歳の時、マンハイムでの『群盗』初演の成功で軍務を退いている。

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