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D3ブログ - 「銀座展望台)2月21日(木曜日)晴

「銀座展望台)2月21日(木曜日)晴

カテゴリ : 
銀座一丁目ブログ
執筆 : 
makiuchi 2019-2-21 8:49
20日、時々行く自宅近くの本屋さんに文庫本を買おうと思って自転車で行ったらがらんどうの空き家であった。いつの間にか廃業してしまっていた。
『本屋さん突然空き家春寒し』悠々
世の中の動きを知るために月に2,3度、駅近くや自宅近くの本屋さんを覗くことにしている。ネットの進展で新聞や本は売れなくっているのは承知していたが“消えた本屋さん”を目の前に見て『これで良いのか・・・』と思わず天を仰いだ。そういえば私自身もアマゾンのネット通販で本を買っていた。悪いことをしてしまった。

パソコンで調べてみると本屋さんは激減している。書店調査会社のアルメディアによると、1990年代の終わりに2万3000店ほどあった書店は、2018年には1万2026店にまで減少した。さらに、この数字には売り場のない事務所や雑誌スタンドなども含まれているため、書籍をそれなりに販売している店舗としては、図書カードの端末機を設置している約8800店(日本図書普及の発表による)が実態に近い数字だと思われるとある。
日本に活版印刷術が渡来したのは天正18年(1590年)『天正少年遣欧使節団によってグーテンペルグ直系の西洋式活版印刷技術である。もうひとつが文禄2年(1593年)豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、諸将によってもたされた李氏朝鮮の活版印刷だという(鈴木敏夫著『江戸の本屋』・上・中公新書)。使節団のもたらした金属活字による活版印刷によって初めて作られた本は『サントス(聖使徒)の御作業の内抜書』である。以後イエズス会は慶長17年(1612年)キリシタン禁教令が出るまで20年に教議書・語学書・文法書・辞書・史書・東西の文学書を出版した。また朝鮮の活版印刷は文禄2年9月に「古文公経」を皮切りに『孫子』『十八史略』『白氏文集』などが出版されたという(前掲の著書)。文教政策に熱心だった徳川家康が出版に乗り出し江戸時代に文化の花を咲かせることになる。其の経緯は鈴木敏夫さんの本に詳しい。

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