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D3ブログ - [銀座展望台]7月29日(水曜日)雨

[銀座展望台]7月29日(水曜日)雨

カテゴリ : 
銀座一丁目ブログ
執筆 : 
makiuchi 2020-7-29 8:14
▲「コロナ禍やまたも友の死梅雨激し」悠々
前橋在住の同期生田浦浩君が亡くなったと奥さんから電話連絡があった(28日)
予科の中隊も区隊も違うし兵科も違うのだが私が代表幹事をしていた平成23年1月の全国幹事会議で知り合い、それ以来の付き合いである。
田浦君は平成23年にCD「昭和幻想」(作詞、田浦浩・作曲、双葉あきら・歌、高嶺はるか)を出した。ときに85歳。その歌詞に詠う。

 「山脈(やまなみ)は遠く輝き/ふるさとの 清き山河よ/われを支えし君の/瞳うるわし/ああ霧の向こうに咲く花ひとつ/白い花」(1番)

 田浦君が全国幹事会で発言したのは「士官候補生の矜持について」であった。私は幹事会が終わった後、彼に戦後どうのような思いで仕事をし、社会に尽したか、雑誌『偕行』に書いてほしいと頼んだ。原稿は「士官候補生(武士・さむらい)教師になるの記」と題して6月号に掲載された。そこには士官候補生の矜持を忘れず、不屈の意地を通した教師像が描かれていた。戦後、法務省に3年勤めた後夜間高校の教師となり、その間大学院で勉学、教育者として生きることを決意する。『教師は聖職に一身を捧げるために存在する』と言い切る。やがて校長となる。『良知を致す』を基本的立場として教育の原点に置く。校長でありながら授業を受け持つ。教師になるための学生たちに「良い生徒、出来る生徒こそ集団の牽引力であり全体の向上に役立つスターであると説く。見事な田浦君の生き様と感服した。

 「若人の心を砕く/時艱(とき)来たり 明日を信じて/君を憶うて 命/日々に捧げし/ああ霧の向こうに咲く花ひとつ/赤い花(2番)

 歌を始めたのは定年後からだという。群馬県作詞作曲家協会員でもある。「20世紀の大半を占める昭和の時代は、近代日本の盛衰を象徴する暦史を残した。当時の人々は、ひとしく苦難の道から平和への再建を果たし、ささやかながらそれぞれの愛に生きた。年を重ねた今、当時の生きざまが幻想となって、脳裏をかすめる。そして共に支えあったいとしい人を憶う」と田浦君は記す。

 「暗雲(くも)は去り 四海の波は/鎮まりぬ 昭和の愛を/年齢(とし)を重ねて 今も/歌う倖せ/ああ霧の向こうに 咲く花ひとつ/碧い花(3番)

心から田浦君のご冥福をお祈りする。

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