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D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲「ファーウェイ」の孟晩舟・副会長兼CFOがカナダで逮捕された事件の背景には米中の5Gの争いがあるという。5Gは高速大容量の第5世代通信システムだ。通信速度は現行の4Gの100倍になる。我々には考えられない世の中になるらしい。例えば私達が100日かかって得た情報がたった1日で得られる。我々には想像もつかない世の中が現出する。5Gの世界で有利な立場にたてば、すべてのことに先手、先手で処理できる。世界の覇権を握れる。とりわけ軍事面で圧倒的に有利な立場になる。
「ファーウェイ」は毎年の売上高(2017年度は約10兆円)の10%から15%を研究開発投資にあっており、5G分野では米国に先行しているという(毎日新聞)。
▲今年の世相を表す漢字一文字は「災」であった。
たしかに今年は災害が多かった。
私は「温」である。災害多発の原因は温暖化現象である。海温の温度の上昇で台風・津波・豪雨が起きている。
「パリ協定」の実効を強く望む。
更に「温」には人への温かい思いやりも意味する。「スーパーボランテア」という言葉も流行語に選ばれた今年である。
「温」こそ今年の世相を表す最適の言葉である。
▼日本もそろそろ言葉遊びはやめた方がよい。自衛隊最大の護衛艦「いずも 」を「多用途運用護衛艦」として改修し、事実上「空母化」することについて、専守防衛の範囲での運用を文書で明確にすることなどを確認し、導入を了承したという。
「いずも」は空母である。それを「専守防衛」と言って「攻撃的空母」ではない。「多用途運用護衛艦」であると世間を欺く。そういう言い方が平和憲法にあうと思っているらしい。政治家は平和を願う国民に期待に添うものと思っている。大きな間違いである。
だいたい「専守防衛」は事実上ありえない。日本列島は北から南まで約3000キロメートル。日本列島は“線”ではない。“幅”がある。海岸線をぐるっと回れば3万キロになる。小さい島であれば「専守防衛」は成り立つかもしれないが日本列島を専守防衛するのは不可能である。守るだけでは相手には勝てない(田原総一郎・富沢暉著「矛盾だらけの日本の安全保障」―専守防衛では日本は守れない―・海竜社刊)。戦争の実態を見れば「専守防衛」がいかに愚劣なことがよくわかる。だからと言って戦争をやれと言っているわけではない。日本人は平和ボケしてしまった。
▼朝なかなかフトンからでれない。
「辛いことを避けようとする態度」これは遺伝子を阻害する行動のひとつである。
そう思って起きる。今朝は7時半であった。
16歳の少女バンクーバーで開かれたフィギュアスケート女子・グランプリファイナルで初出場で初優勝する。
大試合で優勝するのは実力のほか「度胸」がいる。彼女はそれを持っていると前から感じていた。これは日本人選手に一番欠けているものであった。ともかく大試合で上がらないのだ。緊張しないのである。実力がありながら試合に出ると負ける選手が少なくない。
彼女には遺伝子を阻害する要因のⅠ、徒に安定を求める気持、2、勇気の欠如、3、成長の意欲の欠如などが全くがない。
現状に満足せず常に高い目標を掲げ勇気をもって貪欲に成長を求めている。
当分は彼女が女子フィギュアスケート界に君臨するであろう。
▼9日午後「埼玉偕行会」(会長柳沢寿昭さん)の忘年会に出席した(浦和市民会館)。埼玉偕行会は埼玉在住の陸軍の将校たちと自衛隊のOBの会である。出席者は30人.陸士期59期1人、60期6人、61期1人のほかは自衛官OBであった。この日を選んだのは昭和18年12月9日、埼玉県朝霞にあった陸軍予科士官学校に昭和天皇が行幸、「振武台」と命名されたからである。当時、在校生は陸士58期と59期5000名であった。朝霞の駐屯地には今でも振武台の記念碑が保管されている。
初めに元陸上自衛隊研究本部長の中川義章さんの「原子力と軍事」の講演を聞く。昭和53年東大工学部(旧原子力工学科)卒。この年東大から自衛隊に入った東大卒業生は4名いたいという。「原子の世界」から「核兵器の概要」まで数字を交えて要領よく話をされた。日本では核兵器を簡単に作れないらしい。作るには7年ほどかかるという話あった。会食に移り、会員がそれぞれ近況を語った。これが面白かった。「ボランテアをやり家庭菜園をやっている。いまベートーヴェン第9の合唱の練習をやっている。グルフを楽しんでいる。マラソンをやっている。富山マラソンに行った。こんど熊本城マラソンに参加する。タイムは5時間半ぐらい・・・」
隣の席の柳沢会長の話では和光市には2等兵から努力して将校となり退官後市会議員となって活躍している女性自衛官もいるという。
ともかく元気がでる集いであった。
▼9日午後「埼玉偕行会」(会長柳沢寿昭さん)の忘年会に出席した(浦和市民会館)。埼玉偕行会は埼玉在住の陸軍の将校たちと自衛隊のOBの会である。出席者は30人.陸士期59期1人、60期6人、61期1人のほかは自衛官OBであった。この日を選んだのは昭和18年12月9日、埼玉県朝霞にあった陸軍予科士官学校に昭和天皇が行幸、「振武台」と命名されたからである。当時、在校生は陸士58期と59期5000名であった。朝霞の駐屯地には今でも振武台の記念碑が保管されている。
初めに元陸上自衛隊研究本部長の中川義章さんの「原子力と軍事」の講演を聞く。昭和53年東大工学部(旧原子力工学科)卒。この年東大から自衛隊に入った東大卒業生は4名いたいという。「原子の世界」から「核兵器の概要」まで数字を交えて要領よく話をされた。日本では核兵器を簡単に作れないらしい。作るには7年ほどかかるという話あった。会食に移り、会員がそれぞれ近況を語った。これが面白かった。「ボランテアをやり家庭菜園をやっている。いまベートーヴェン第9の合唱の練習をやっている。ゴルフを楽しんでいる。マラソンをやっている。富山マラソンに行った。こんど熊本城マラソンに参加する。タイムは5時間半ぐらい・・・」
隣の席の柳沢会長の話では和光市には2等兵から努力して下士官・将校となった女性自衛官もいるという。ともかく元気が出る会であった。
▼毎日新聞に載った加藤楸邨の「カフカ去れ一茶は来れおでん酒」が気になってしょうがない(「季語刻々」12月4日))。「俳諧歳時記」(冬・新年・新潮社編)にも「おでん」の季語の中に加藤楸邨のこの句が挙げられている。「大根、ちくわはんぺん、焼き豆腐、こんにゃくなどを鍋に煮込んだものをからしをつけて食べる。冬の温かな食べ物としてまた酒の肴としても懐かしいものである」と記述されている。昨今私も良くおでんをいただく。私は季語よりも「カフカ去れ」が気になるのだ。楸邨が「カフカ去れ」と言い切る以上カフカを読んでいないとそうは言えないだろう。社会部記者は何事を聞かれてもすぐ反応できるように「広く浅くものを知れ」と教わった。フランツ・カフカ(1883年7月3日 - 1924年6月30日)については、手元に藤戸正二著「カフカ」-その謎とディレンマ―白水社・1973年5月21日刊)がある。どうやら論説委員時代に目を通したようである。僅かに一か所だけ線がひかれている。「この世ではすべての人に二つの信念問題が提出される。一つは、この生が信じるに足るのかという問題、もう一つは、生の目標が信じるに足るかという問題だ」。この本も読まずに積んでおいた本である。本棚を見ても”積んでおいた本”が少なからずある。100歳まであと7年。まだ時間がある。精一杯読書に励もう。『俳句は一本の鞭である』(白虹)とはよく言ったものである。
『一茶よりカフカが来たる師走かな』悠々
▼同期生で医者の北俊男君がなくなった(6日朝)。世田谷59会の世話人を務め春秋の世田谷会を開くのに努力をした。私は彼の3度にわたる説得で平成23年度の陸士59会の代表幹事になった。お蔭で多くの友人と知己を得た。その年開かれた全国大会のプログラムに描かれた表紙の靖国神社の絵は私は彼に注文したものである。またこんなこともあった。11年前の10月31日、九段の事務所で午後2時過ぎ、息苦しくなり、とたんに体がぐらぐらしだした。するとめまいがしてきた。意識はしっかりしているがしばし口がきけない。「このまま逝くのかな」と一瞬思った。そばで仕事をしている同期生の上田広君の娘さんの敦子さんに「ちょっとおかしい。水をくれ」と頼んだ。彼女は水を持ってくれたあと北俊男君に電話して指示を仰いだ。「意識があるのだから、近くの設備のある病院に連れてゆきなさい。そこなら慶応病院か東京女子医大病院だ」と北君は教えてくれた。そこで敦子さんに付き添われてタクシーで東京女子医大病院へ行った。神経内科で診断を受けた。胸部のレントゲン検査、頭のCT検査、心電図、血液検査を30分の間に済ませて、すべての結果が出たところで担当医の宇羽野恵先生の診断を受けた。どこも異常はなかった。北君には大変お世話になった。心からご冥府をお祈りする。
▼靖国神社の参拝する(12月4日)。参拝客多し。
昭憲皇太后御歌
「うつばりのちりもはらひて玉すだれかけあらたむる年の暮れかな」
遺書  陸軍大尉瀬川正俊命
昭和19年12月7日フィリピン、オルモック湾にて戦死
大阪府大阪市福島区大野町出身21歳
昭和19年12月10日15時の大本営発表によれば、12月5日スリガオ海峡、同7日オルモック及レイテ灣内の敵艦船に夫々體當りを敢行せる特別攻撃隊石腸、護國及勤皇飛行隊員次の如しとあって護国飛行隊の中に瀬川正俊大尉(戦死后2階級特進)の名前がある。
 護國飛行隊―隊長 陸軍中尉 遠藤 榮 
     陸軍少尉 西村正英 同 宮田惇作
     同    牧野顯吉 同 三上正久
     同    瀬川正俊 陸軍伍長 黒石川茂
 
    
▼俳句は5・7・5で森羅万象を、この天地を切り取る。
「カフカ去れ一茶来れおでん酒」加藤秋邨(毎日新聞「季語刻々」12月4日)
いいね・・・
「枯芝に松緑なり丸の内」子規(明治28年12月の正岡子規の作)
うむ・・・
「なき友がゴルフに誘う冬日和」悠々
2日続けて亡くなった友人とゴルフをした夢をみた。よほど私が暇に見えたのであろう。昨今が外出の機会が少なくなった。「外へ出ろ」というメッセージと受け取る。
「町師走天に向ひて足場組む」真館昌代
いいね・・来る新しい年に向けて準備せよと云うのか、俳句は奥が深い。
XOOPS Cube PROJECT