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D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲娘からメールが届いた(3月28日)「下の方に、卒業生代表の女性の謝辞が、注目を集めているそうです。なかなか元気がいい演説。言いたいことを恐れずに言う態度は、空気をよまない、同調圧力に沿わない稀な若さですが、社会に出てからも、この強さでつきすすめるのか、ちょっと皮肉な見方もできる。学業だけが、人間力ではないでしょう」。
https://www.univ.gakushuin.ac.jp/iss/news/20200320-1.html
学習院大学国際社会学部 卒業生代表・小堀奈穂子の答辞
卒業生総代答辞の多くが、ありきたりな言葉の羅列に過ぎない。大きな期待と少しの不安で入学し、4年間の勉強、大学への感謝、そして支えてきてくれた皆さまへの感謝が述べられている定型文。しかし、それは本当にその人の言葉なのか。皆が皆、同じ経験をして、同じように感じるならば、わざわざ言葉で表現する必要はない。見事な定型文と美辞麗句の裏側にあるのは完全な思考停止だ。
 私は自分のために大学で勉強した。経済的に自立できない女性は、精神的にも自立できない。そんな人生を私は心底嫌い、金と自由を得るために勉強してきた。そう考えると大学生活で最も感謝するべきは自分である。
 すべての年度での成績優秀者、学習院でもっとも名誉である賞の安倍能成記念基金奨学金、学生の提言の優秀賞、卒業論文の最優秀賞などの素晴らしい学績を獲得した自分に最も感謝している。支えてくれた人もいるが、残念ながら私のことを大学に対して批判的な態度であると揶揄する人もいた。しかし、私は素晴らしい学績を収めたので「おかしい」ことを口にする権利があった。大した仕事もせずに、自分の権利ばかり主張する人間とは違う。
 もし、ありきたりな「皆さまへの感謝」が述べられて喜ぶような組織であれば、そこには進化や発展はない。それは眠った世界だ。新しいことをしようとすれば無能な人ほど反対する。なぜなら、新しいことは自分の無能さを露呈するからである。そのような人たちの自主規制は今にはじまったことではない。永遠にやっていればいい。
 私たちには言論の自由がある。民主主義のもとで言論抑制は行われてはならない。大学で自分が努力してきたと言えるならば、卒業生が謝辞を述べるべきは自分自身である。感謝を述べるべき皆さまなんてどこにもいない。
▲これに対して早速感想のメールを送った(3月28日)『面白い答辞ではある。もう少し哲学でも勉強してほしかった。「お金と自由を得るために勉強してきた」また「感謝すべきは自分である」とある。あまりにも率直過ぎる。味わいがない。戦後教育は「個人主義」と「自由主義」を目標としてきた。元学習院大学学長の安倍能成は常に学生に「正直であれ」と訴えてきた。このような大学生が出てきたのは当然である。
勉強はもともと自分の人格形成のためにするものである。大学の勉強などは大したことはない。社会に出からの勉強こそ大切なのである。「己を磨かねばならない」。磨いた「己」の結果としてお金と自由が得られる場合があるにすぎない。
私が答辞を述べるとすれば「少しばかりのお金と少しばかりの自由を得るために勉強してきた」「ちょっぴり感謝するとすれば自分である」という。このほうがエレガントで良いと思うが・・・』。
▲またすぐに娘から返事が来た。『私も賛成。私、在校生答辞で「春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたん 名こそおしけれ」と卒業生に百人一首の好きな歌を送り「しっかり生きましょうよ」といいました。大学4年間、学業だけではない。今、大学生は、ボランティアしたり、バイトから社会をのぞいたり、あらゆる本読めるし、好きなこと、できるのにね。パパの文章の中に「戦後教育は、個人主義と自由主義を目標としてきた」とありますが、私は、まったく成功していない、と思います。個人主義とは、相手の自由、価値も尊重しないとダメ。何もしないと、自分の自由も価値も守れない。闘うしかない。人生を通じてずっと。自由主義も同様で、こんな同調圧力の強い社会の中の「自由」とは何か、と考えてしまう。哲学者のマルクス·ガブリエルは、日本のことを「素晴しい経済発展をとげてはいるが、抑圧的な社会」といっていましたが、的確。だから、引きこもりや自殺者が多い。自分の意見が、まわりを気にするあまり、きちんと言えない。社会の規範に合うように生きてきた結果のつらさ、格差の中の偏差値教育は、自尊感情の低い子どもたちを増産。その意味では、ブレディみかこさんが書いているシティズンシップ教育、政治教育などの導入など、教育がかわっていくといいな、と思う』。
▲外出自粛。斎藤史歌集を詠む。
「老いてなお艶とよぶべきものありや 花は始めもおわりもよし」
(I WONDER IS THERE
 SOMETHING CALLD AMOROUSNESS
 EVEN IN OLD AGE?
 CHERRY BLOSSOMS ARE FINE AT
 BENNINGS ーAT ENDINGS TOO>)
「我の背に凝れる昭和その時代に生きたるもののこれは負債か」
(CLAMPED EVER TIGHTR 
 ON MY BACK,SHOWA ERA
 I WONDER 、IS THIS
 THE DEBT THE PEOPLE WHO LIVED
 THROUGH THAT PERIOD HADOWED?)
▲史の父親斎藤瀏少将(陸士12期)のはるか後輩の読める歌。
「日の本の花の盛りを知らざるやウイルス来る弥生三月」(悠々)
▲古本の値段は誰が決めるのか。
私が毎日新聞出版局長の時、後藤四郎さん(陸士41期)の『陸軍へんこつ隊長物語』という本を出した(昭和54年12月20日発行)。値段は890円であった。その本が今や393円である(送料・保険料・消費税込)。アマゾンを通じてネット購入した。
今や誰も見向きもしない本となった。実はこの本は貴重な本である。私は3,4千円するであろうと思った。安く手に入れて文句を言う必要はないのだが、世の中がおかしくなりつつある兆候のように見える。
当時321歩兵連隊の連隊長であった後藤さんは敗戦時に軍の『軍旗奉焼』命令に反対して海外を含めて全陸軍の歩兵連隊の中で一人だけ軍旗を焼かなった連隊長であった。その軍旗は今靖国神社の遊就館に展示されている。戦後模造されたものではない。昭和20年7月授与された当時のままのものである。
後藤さんはユニークな将校であった。この本にはそのエピソードが書かれている。人間の生き方は戦争中も平時も変らないはずである。この人は『敬神・努力・浮気・楽天』をモットーとされ『いつもにこにこ笑ってすごうそう』を信条とした。平成17年1月20日死去。享年97歳であった。
▲小池東京都知事、『新型コロナウイルス』の感染者続出に『感染爆発 重大局面』として今週末の都民の外出自粛を求める。私は読みたい本があるので読書で過ごす。
感染経路が不明が多いのが気がかりだ。この対策は『感染者』の姓名を公表することである。感染者となったタレントの志村けんさん(70)の例を見てもわかるように感染までの彼の行動がすぐに分かる。新聞を見て志村さんと『濃厚接触者』はすぐに病院で診察を受ければよいわけだ。これと同じで感染者が『日本太郎』とわかれば友人、知人、近所の人など『濃厚接触者』がすぐに分かる。感染経路もわかるではないか。
感染拡大を防ぐという『公益』と個人のプライバシーを守るという『私益』とどちらを優先するのか、はっきりしているではないか。
都知事に感染者の氏名公表を望む。之こそが『新型コロナウイルス』対策の一つの柱である。
▲元東大美術サークル同期の仲間達14人が54年間作り続けたカレンダー展を見る(3月24日・東京銀座7丁目2-22同和ビル1F・3月28日まで開催)毎日新聞社会部で一緒に仕事をした中島健一郎君の絵もあって興味深く拝見した。学部を見ると7人が工学部。でも絵心を持ち続けるのは立派である。会場であった真鍋恒博さんは昭和52年のカレンダーの絵を一人で書いている。継続したいという気持ちがあったのであろう。
会場で思いもかけずに弘中惇一郎弁護士に会った。海外へ逃亡したゴーンさんのことを聞く野暮なことはしなかった。多忙の中展覧会の手伝いに来るのは友情の発露である。
『物好きな人たち』であるがそれぞれに「志を持っている人た」でもある。
▲『行く川のながれは絶えずして、しかも、もとの水のあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたる例なし。この世の中にある人とすみかと、またかくのごとし』(方丈記)
東京オリンッピクの7月開催が危ぶまれている。バッハ会長はじめ関係者がごちゃごちゃいいている。延期した場合日本の損失は1兆を超えるという。誠に騒がしい。だがこの騒ぎは何億年という地球の歴史に比べると『淀みに浮かべる泡沫』に過ぎない。
人間はそれにこだわって懸命に生きている。それぞれに必死に仕事と取り組む。
『知らず、生まれ死ぬる人、何方より来たりて、何方へ去る』(方丈記)
『新型コロナウイルス』は世界中を席巻、大きな犠牲をもたらす。これと戦う人間は一段と強くなる。
だが考えてみれば、結果論である。『東京へ2020年オリンッピクを招致』したのは先見の明がなかったといえる。『一寸先は闇』とはよくいったものである。
「すべて世の中のありにくく、わが身とすみかとの、はかなく、あだなるさま、またかくのごとし。いはんや、ところにより、身のほどにしたがひつつ、心悩ますことは、あげてかぞふべからず」(方丈記)。
私達は煩悩の俗世間に生きている。俗人の戯言である。
▲「新型コロナウイルス」の発生源である中国湖北省武漢市で感染者が18日から4日間ゼロだと伝えられる(産経新聞)。武漢市で感染者がでたのは昨年12月30日。それから80日で一応収束に向かうとみられる。
日本で一般への感染者が広がりを見せだしたのが2月12日。日本の医療水準と対策を考えれば60日頃から収束に向かうと考えてもよいであろう。とすれば4月12日以降ということになる。最大80日とみても5月はじめには収束する。
東京オリンッピク開催日に延期論がでているがもう少し様子を見てもいいのではないか。
▲韓国テレビドラマ「ホジュン」で女医イエジンが御医ホジュンとの仲を疑われて宮中を去る場面がある(3月20日BS日テレ放映)。その時の心境を彼女は李商隠の漢詩に託す。
「八歳 ひそかに鏡に照らして 長眉 已によく画く
 十歳 去(ゆ)きて踏青し  芙蓉 裾(くん)さとなす
 十二 弾筝を学び      銀甲 曽て卸さず
 十四 六親より蔵(かく)る 懸(あらかじめ)知る なお未だ嫁かざるを
 十五 春風に泣き      面を背く 鞦韆の下」
(八つになって、こっそり座った鏡の前。長い眉も自分で描けた。
十になって、春の野原ヘ草摘みに。蓮の花のスカートはいて。
十二になって、筝の手習い事始め。銀の琴爪はつけぱなし。
十四になると、家の人から隠れてばかり。お嫁入りの話が出るから
十五になって、春風の中でこぼした涙。うつむいてぶらんこをゆらしながら)(「中国名詩選・下・川合康三編訳」)
心医を目指すホジュンへの思いを胸に秘め、ともに同じ職場で働き、喜び・悲しみ・怒り・楽しみ共有する生活は何よりも彼女にとって貴重なものであった。派閥争い、権力闘争の激しい宮中ではそのささやかな女の“秘めた喜び”は圧殺してゆく。
▲春は何処へ。桜で賑わう上野公園は人まばらである。
「岩はしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりけるかも」(万葉集巻8-1418)
(石激 垂水之上乃 差和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨)
世界中「新型ウイルス」騒ぎである。
3月は「WIND IN MARCH」。3月の低気圧は木のまたが裂けたり新潟県の焼山を真っ白にしたりするほど雪を降らせる。嵐が集中する季節である。今年はその上「CORONAVIRUS IN MARCH」である。感染者950人、死者32人。世界で見れば、感染者208254人、死者8952人である。
「あな悲し 巷に春を 訪ねれば コロナ騒動 人影まばら」悠々
春は名のみにて候。
▲千葉・野田市の栗原心愛さん(当時小学校4年生・10歳)虐待死事件の裁判で、傷害致死などの罪に問われた父親栗原勇一郎被告(42)に、千葉地裁は傷害致死事件としては異例というべき懲役16年(求刑18年)の判決を言い渡した(19日)。
昨今親の子供への虐待事件は後をたたない。吾が子を慈しむのは自然の親の愛情とも思っていたが今はそうでなくなってきたようである。自分本位にしかものを考えようとしなくなったようである。
少なくとも中高校生時代に「万葉集」を親しませてはどうか。山上憶良の『子等を思ふ歌』を読ませてほしい。
「瓜食めば 子ども思ほゆ 粟食めば まして偲はゆ 何処より 来たりしものそ 眼交に もとな懸りて 安寝し寝さぬ(巻5-802)(宇利波婆 胡藤母意母由 久利波米婆 麻斯堤斯農波由 伊豆久欲利 枳多利斯物能曽 麻奈迦比尓 母等奈可可利堤 夜周伊斯奈佐農)
「銀も黄金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも」(巻5-803)(銀母 金母玉母 奈尓世武尓 麻佐礼留多可良 古尓斯迦米夜母)
銀も黄金も玉にもまさる宝物を粗末にする気持ちがわからない。ましてやなくしてしまう親がいるとは「いいかげんにしろ」と怒鳴りたくなる。
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