Welcome Guest 
メインメニュー
検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

  • カテゴリ 銀座一丁目ブログ の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲『新型コロナウイルス』が世界中に猛威をふるう時「東京オリンッピク」を開催すべきかどうか難しい問題だ。
答えは『開催』『延期』『中止』である。わたしは『開催』を支持する。
オリンッピクは世界最古にして最大の平和的行事である。単なる『世界選手権』ではない。4年毎に行われる青年の祭典である。
今この平和の祭典を阻んでいるのは『新型コロナウイルス』である。このウイルスも日本では4月中旬、ヨーロッパは5月中旬峠を越す。6月までには一応収束する。この根拠は発生源の中国武漢の感染者が3月11日一桁となり流行が峠を越した事実に寄る。もちろんこの間、一的には感染者増えるときもあるが収束に向かう。新聞、テレビのニュースに一気一憂するな。
五輪の目的、『新型ウイルス』の動向を踏まえて開催国の東京は『開催する』といっている。バッハ会長もIOC委員会も開催すると言明している。
練習ができないと不平を言う選手は『五輪』を『世界選手権大会』と間違えているのではないか。
『新型コロナウイルス』に負けずに開く『東京オリンッピク』意義ある祭典になるであろう。
▲3月13日のブログでこう書いた。
『中国の新型コロナウイルス感染者が減り続けているという。「中国での流行のピークは過ぎた」と当局者が明言。湖北省の11日の感染者が8名で一桁となった。朗報だ。
まもなく日本も峠を越すだろう。もうひと踏ん張りである。先を見通せない人々が「五輪中止」と騒いでいる。ギリシャではオリンッピクの聖火が灯され、リレーも行われた』。
まもなくというのはは4月10日すぎである。
2月14日のブログには『「武漢肺炎」国内へ広がる兆候が見えた。国内感染が始まったということだ。単なる危惧であれば良いと思うが。・・・』とある。
日本国内の感染が始まったのは2月13日からである。今は全国に広がっている。武漢で発生が昨年12月30日。それから2ヶ月と2週間で中国は峠を越したのである。医療技術が優れ、それなりの対策を立てた日本であるから峠にくるのは感染がはじめから2ヶ月後と見れば峠を越すのは4月10日すぎであろう。
2月14日のブログには『感染経路がわからなければこれから日本でも『武漢肺炎』は爆発的に増える。早く感染経路を突き止めるには感染者の身元を公表することだ。そうすればたちまちに感染経路がはっきりする。いわゆる『公開捜査』である。一般の協力を得るのに早道である。このような緊急事態の公益性のほうがプライバシーの尊重より優先すると判断する』と書いた。この気持はも変わっていない。
▲神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年に19人が刺殺された事件の裁判員裁判で、横浜地裁は16日、元職員植松聖)被告(30)に死刑を言い渡した。
「障害者は世の中のお荷物である」という被告は確信犯であった。死刑判決は当然である。
この裁判は障害者へ世間が温かい目を向けるのに大いに役立ったと思う。家族の嘆きや識者の不満があるにしても「障害者を大切にする心」を喚起した。
殺害された19名の犠牲者の名前を公判廷でも明らかにしなかったのは疑問が残る。
事実を明らかにするためには固有名詞は必要なことだ。
『5W+1H』は新聞にとって報道の基本である。「WHO](誰)は欠かせない。
被害者「A]では実体のない人間を指す。血の通っていない人である。
▲新聞休館日。
世界は激動している。
日本にまた新たな「新型コロナウイルス」の感染者出る。
15日近くの市の図書館に行ったら31日まで休館だという。
「武漢肺炎」は知的刺激まで奪う。そのうえ今日の新聞がない・・・
「のんきだな新聞休刊春嵐』悠々
▲新聞社はのんきだな。3月16日は新聞休刊日という。
「新型コロナウイルス」の感染拡大は峠を越したといえまだ楽観は許さない。
今や「無冠の帝王」の面影なし。小さなマスコミの一媒体に過ぎない。
大衆が「新型コロナウイルス」の行方を見守っている時、新聞を出さない理由は見いだせない。スポーツで言えば観客が超満員なのだ。それなのに選手たちがプレーをしないのと同じ構図である。誠に嘆かわしい。
世論を喚起しリードする新聞という気概がどこにも見られない。
この非常時に新聞は休んではならない。時代の流れを「新型コロナウイルス」の流れを適確に読み取るのにはやんではならない。新聞人は先輩からその事を体で教えられたはずである。新聞休刊日は前から決まっていたからと言って「新聞を休刊」する神経が私にはわからない。
令和2年3月16日は新聞が没落に拍車をかけた記念日であると思う。
▲中国の新型コロナウイルス感染者が減り続けているという。「中国での流行のピークは過ぎた」と当局者が明言。湖北省の11日の感染者が8名で一桁となった。朗報だ。
まもなく日本も峠を越すだろう。もうひと踏ん張りである。先を見通せない人々が「五輪中止」と騒いでいる。ギリシャではオリンッピクの聖火が灯され、リレーも行われた。
▲心臓のベースメイカーの手術をして退院したばかりの友人・安田新一君からメールが届いた(3月12日)。
「昨夜やっとお風呂へはいれる許可がおりたので体を流しました。久しぶりにサッパリしました。また、絆創膏が取れたので、鏡で初めて器械の埋め込みを見ました。まだ、違和感がありますが傷はきれいです。ご心配をおかけしました。
器械のおかげで脈拍は正常60/分です。無知とは申せ、今までで30~40/分でしたから。散歩途中でぶっ倒れないでよこざんした。もっとも、行き倒れでは情けないので杖には氏名・住所・電話を注記していますが。古くなった建物とおなじで、修理代がかかりますね。
貴兄も多少弱ってきたご様子ですが、94年使えば、雑巾ならとっくにすりきれておりますものね。それにしてはよくご活躍で。お互い特に今はコロナの皆既日食、静かに、静かに」。
これに対して私は即座に返事のメールを出した。
『風呂に入られた由、良かったですね。私は毎晩欠かさず風呂に入っております。ぬるま湯に長い間入っているのが健康に良いとされております。翌朝の風呂掃除が私の家事手伝いの一つです。時間をかけて丁寧にやります。修行の一つです。「風呂場に神様がいる」という歌があります。丁寧にやることが自分の心を磨くことに通じます。以前は嫌でしたが今はなれて「風呂場に神様が居ます」と言いながら楽しく風呂のタイルを磨いております。昨今やっと修行の意味が会得できたような気がします。これも書けば原稿になります。人間は・・・特に私は怠け者であったということでしょう。あなたの一文にはいつも刺激を受けます』。
▲「武漢肺炎」のため今年の「センバツ高校野球」中止を決定する。
「春いずこセンバツ中止生徒泣く」悠々
「春はセンバツから」と言われる。決行してほしかった。「新型コロナウイルス」に負けない球児の姿を甲子園で見たかった。
32校の選手たちの入場行進こそ「武漢肺炎」収束の狼煙であったと言わしめたかった。
甲子園球場で繰り広げられたであろう若者たちのプレーこそ「新型コロナウイルス」に打ち勝った日本男児の象徴であったであろう。
会議の席上「新型コロナウイルスは3月20日後から下火になる。その魁としてセンバツは大きな意味を持つ」とセンバツ開催を主張する役員が一人ぐらいいたであろうと想像してうっぷんを晴らしている。
「春はセンバツ何故中止腑抜け者」悠々
▲東日本大震災から9年目。今な避難生活を送る人々が4万7737人を数える。肉親失った遺族には今な深い心の傷跡を残す。
地震・津波・自然の猛威の前に人間の無力を知る。「自然をなめてはいけない」というのが最大の教訓である。
このために岩手、宮城、福島の3県で死者1万5899人、行方不明2529人、関連師人の犠牲者を出した。
▲前日の10日「東京電力福島第一原子力発電所の事故を描いた映画{FUKUSIMA50}を見た(府中東宝シネマズ)。若者たちがいかにして原子炉のメルトダウンを防ぐか壮絶な作業ぶりが描かれている。観客は「武漢肺炎」騒ぎで50名足らずであったがこの映画は今後話題を呼ぶであろう。必見の映画である。映画の最後のシーンは福島の夜の公園の満開の桜である。
「敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花」
▲「武漢肺炎」による感染者1217人(クルーズ船696人・チャーター便帰国者14人)、死者16人(クルーズ船7人)。
「これから1,2週間が急速な拡大に進むか収束できるかかの瀬戸際」という政府の見解。
「武漢肺炎」退治に自信のない発表である。眞のリーダーであればここでは「4月までに収束を目指して臨機応援の対策を取る。この1,2週間が山場である、なお一層の自粛を要請したい」というであろう。
今必要なのは「事態収束目標」設定である。責任を持ってそれを断言するリーダーが居ないのである。
新聞は政府批判ばかりやっているが新聞も日本に「武漢肺炎」感染者が広がり始めた2月10日「新聞休刊」にしたではないか。事態を重視すれば新聞が休刊している場合ではなかった。この「新聞休刊日」に新聞を出を出しておれば世間に「武漢肺炎」の恐ろしさを伝えることができたはずである。
2月10の日本ブログは次のように書いた。
▲新聞休刊日。世界は動く。
『武漢肺炎』世界中に波紋を広げる。収束の目処立たず。
観光は大打撃であろう。経済への影響は計り知れない。
『武漢肺炎』の教訓は『アリの一穴』。
「堅固な堤防も蟻の開けた小さな穴がもとで崩壊するようにごく僅かな手抜かりから取り返しのつかぬ大事に至るたとえ」(広辞苑)
経営者たるもの心せねばなるまい。
さらにもう一つの兆候・・・
堅固に見える習近平主席の凋落の始まりかもしれない。 .
▲新聞が政府の「武漢肺炎」対策のまずさを非難ばかりしている中、8日に初日を迎えた大相撲大阪場所の八角理事長の協会挨拶は抜群であった。42人の力士を土俵の下に立たせ、4分30秒のメセージであった。
「古来、力士の四股は邪悪なものを土の下に押し込む力があると言われてきました。また、横綱の土俵入りは五穀豊穣と世の中の平安を祈願するために行われてきました。床山が髪を結い、呼び出しが柝を打ち行司が土俵を裁き、そして力士が四股を踏む」と大相撲は神事として存在する。その一連の所作が人々に感動を与え、同時に大地を静め邪悪なものを押さえ込むものだと信じられてきました。こういった大相撲の持つ力が日本はもちろん、世界中の方々に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるよう協会員一同一丸となり15日間全力で努力する所存であります」。
XOOPS Cube PROJECT