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D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲暇に任せて中国戦国時代末期の思想家「荀子」(守屋守編訳・PHP)。を読む。荀子の名言79が選ばれ、いわば荀子の手引書である。戦国時代は紀元前400年代から紀元前221年までを指す。古い人の話だが「人間性悪説」を唱えた有名な人物である。今の時代を「乱世」と見る私には荀子の説は理解できる。
まず「人間の本性は悪である」。善なる部分は後天的な努力によって身につけたものにすぎないという。安倍政権は人としてやっていいことと悪い事のけじめがわからない。後天的な努力をしていないから善が身につかない。人間の本性は悪だと思う。
政治について荀子は「礼儀」に基づく統治を主張し、力で抑え込む覇道までを容認する。荀子の言う「礼儀」とは道徳上の規範であるばかりでなく、法的な強制力まで含んでいる。
荀子は政治の混乱を正すために「規範の確立」を求めた。
荀子があげた「礼儀」を体得した人物像は6つの要件を満たした者を指す。
1, 気さくな人柄であるが、慣れ親しむことができない。
2, 臆病なほど慎重であるが、脅しには屈しない。
3, 危険なことには手を出さないが、義のためには命を投げ出すこともいとわない。
4, 利益は人並みに追求するけれども、後ろ指を指されるようなことはしない。
5, 誰とでも親しく付き合うけれども、徒党は組まない。
6, 必要とあれば大いに弁ずるけれども、余計なことは口にしない。
要は乱世を正すには「規範の確立」しかないということになる。
「荀子」の「修身篇」に曰く「どんな近い道でも、歩み続けなければたどり着けない。どんな小さいなことでもやってみなければ成し遂げることはできない」。
これからも拳拳服膺したい。
▲松尾邦弘元検事総長(77)ら検察OBが15日、検察庁法改正案に反対する意見書を法務省に出した。この法案が検事総長、検事長らの定年延長に名を借りた「検察の人事に政治権力が介入することを正当化する」ものであるとしている。
政権が検察の人事権を握れば起訴や不起訴の判断に干渉される恐れがある。造船疑獄事件(昭和29年)の時、法務大臣が指揮権を発動して与党の幹事長と政調会長の逮捕を差し止めたことがあった。今回はそれよりも悪辣である。
民主主義の基本は三権分立だ、政治、司法、行政が独立しお互いに敬意を払いつつその立場を尊重しなければ国は成り立たない。
戦後日本は75年間一度も他国と戦争せず国民は「平和だ」と思い込んでいる。とんでもないことだ。安倍晋三内閣が世の中をあえて乱世にしている。やっていることがでたらめすぎる。5月15日は5・15事件である。昭和7年5月15日国家革新のため海軍将校、陸軍士官候補生らが決起、犬養毅首相を殺害、警視庁、日本銀行、政友会本部などを襲撃した。
決起した海軍士官三上卓は歌った。
「汨羅の淵に並騒ぎ 
巫山の雲は乱れ飛ぶ 
混濁の世に吾たてば 
義憤に燃えて血潮わく」(1番)
乱世とはいえ民主主義の世の中。クーデターは許されない。だから検察のOBたちが異例の意見書を出した
三上は6番で歌った。
「天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民、永劫の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ」
▲「緊急事態宣言」なおも8都道府県続く。
北海道、埼玉、千葉、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫である。
おそらく後1週間立てば結論が出る。21日までの辛抱になろうと思う。当分の間は外出の自粛・「密着・密集・密閉」の「3密」は避けねばなるまい。
▲登山ではよく「弁当と事故は自分持ち」といわれる。登山には常に危険が伴う。日頃からから基礎をしっかり身につけておかねばならない。私も登ろうと思っていた高さ600足らずの高尾山が登山の自粛でだめというので諦めた。ネットで遭難の記事を見つけた。
群馬県富岡市の妙義山(標高1104メートル)の登山道で、東京都世田谷区の男性(59)が滑落したという(13日午後0時半頃)。男性は約3時間後、登山道から約10メートル下の岩場でうずくまっているところを県警のヘリコプターが発見。男性は頭や腰を骨折するなどの重傷。 男性は鎖のついた登山道の岩場を下りる途中で滑落したとう。  
「スポニチ登山学校」の名誉校長を10年努めたので山の怖さは嫌というほど知っている。山はどんな山でも危険が伴う。自律精神を持つ山男であれば「コロナウイルス」で自粛。移動禁止の要請を守ってほしかった。
▲国会で審議中の「検察庁法改正案」について大臣の中に一人ぐらい反対者がでてもよいであろうと思っていた。今の自民党はやることが露骨ででたらめすぎる。政権末期的症状を示しているからである。
大臣ではなく平党員に反対者がいた。このほうが組織としては健全である。
自民党の泉田裕彦衆院議員(57歳・新潟5区)が自身のツイッターに「与党の理事に強行採決なら退席する旨伝えました」と投稿して内閣委員会の委員をクビになったという。
自民党はもっと懐の深い政党と思っていたが案外、小心翼翼な政党である。
この人事に自民党の気持ちがよく現れている。この法案は少し後ろめたい気持ちがあるからそれを隠そうとして必死になっている。そのさなかの泉田議員の反旗である。頭にきて即座に首にしたのであろう。
泉田代議士は京都大学法学部出身、通産官僚、新潟県知事を歴任して2017年10月から衆議院議員となる。
泉田裕彦議員は将来伸びる政治家である。大いに期待する。
▲気になることが一つある。
住んでいる府中市(人口26万人)は「新型コロナウイルス」感染者が周囲の市と比べるとダントツの67人である。
隣接する市の地形的状況を見ると中央線側駅としては東小金井、武蔵小金井、国分寺、西国分寺がある。
京王線は調布、西調布、飛田給、武蔵野台、多磨霊園、東府中、府中、分倍河原の各駅がある。
多摩川を挟んで稲城市、多摩市、日野市がある。幹線道路として甲州街道、新甲州街道、東八道路がある。府中には大國魂神社も有り交通の要所である。自ずと人が集まりやすい場所である。
感染者の数を見ると、国立市6人、小金井市15人、調布市35人、稲城市16人、多摩市29人日野市19人である。府中と同じく甲州街道沿いにある調布、国立も同じぐらいの数であれば納得もいくが・・・文化度の違いと言ったら府中市民に申し訳ない。
因みに多摩地区の八王子市42人、立川市13人、武蔵野市18人、三鷹市27人、町田市50人である。
誰が見てもおかしい。なぜだと疑問が起きる。庶民は「お上」のせいにする。「市長が悪い」。市長はこの数字に気がついているであろう。気がついておればそれなりの対策を立てるべきである。広報車で自粛を呼びかけるだけでは効果がない。
▲「STAY HOME」で家庭では午後6時夕食、午後9時就寝というパターンになりつつあるようだ。「新型コロナウイルス」騒動がもたらした生活の変化である。父親のテレワークが生み出した。昔はそうであった。
この機会に家庭も会社も社会もこれまでのやり方を点検してみる必要がある。
▲11日、東京は真夏日。老人にはこたえる。昨今は四季の移ろいが急激である。もう少しなだらかになってくれないものか。
地球温暖化がもたらすものであろう。各国首脳が我をはらずに知恵を絞れ。
▲東京都の感染者は11日15名であった。明らかに「新型コロナウイルス」は終息に近づいた。感染者ゼロの日も間近である。2次感染対策を立てながら経済の立て直しを図らねばならない。そういえば府中市の私のところにはまだ「安倍マスク」が届いていない。もう市役所にも聞く気もない。この悠長さもいい。
▲東京都の10日の「新型コロナウイルス」の感染者22名。このところ連続して100名を切っている。まもなく収束に向かう。北海道の同期生から電話有り。「いま軍歌演習をしている」。憂さ晴らしいには軍歌演習もいい。
▲午後、近くの府中の森公園へゆく。「密」にならない人出であった。子供連れが目立った。美術館も休み、テニスクラブも休み。公園突き当りの噴水だけが勢いがよかった。
読み終わった佐伯泰英著「酒合戦」(新酔いどれ小籐次・16・文春文庫)に小籐次が李白の七言絶句を読む場面がでてくる。
「山中幽人と対酌す」
「両人 対酌すれば 山花開く
一杯 一杯 復た 一杯
我酔うて眠らんと欲す 卿 旦く去れ
明朝 意あらば 琴を抱いて来たれ」
時の将軍を前にして奥女中末乃と酒合戦のシーンである。4升を飲んだ後さらに5升入の酒の飲み比べである。朗々と歌い上げる小籐次には余裕があった。勝負事にはこの余裕がほしい。
「友よ 5月末 意あらば 琴を持って来たれ」
▲関牧翁著「禅の話」(毎日新聞刊)にこんな話が載っている。
利休が夏冬茶の湯の心得を問われて際の返事である。
「夏は涼しく冬は暖かく、炭は湯の湧くように、茶はのむのによきように、刻限は早めに、相客に心せよ、花は野の花のように、降らずとも雨用意」
自然に接せよということのようである。雨の用意がいい。
茶はたしまないがコーヒーは一日4,5杯飲む。
自分でコーヒーの豆を引いて粉なにし、ポットから湯をそそいでつくる。
豆を粉にするがコツ、私はなるだけミキサーに時間をかける。
もちろんブラックで飲む。コーヒーを飲まないと落ち着かない。一種の安定剤である。
寺田寅彦の俳句がある。
「客観のコーヒー主観の新酒哉」
私も負けじと作る。
「コロナ禍やコーヒー作って一休み」
▲毎日新聞社会部で一緒に仕事をした沢畠毅君が8日、歌手原眞由美さんのCD「倖せのれん」を贈ってくれた。しばらくあっていないが忘れずにいてくれたのが嬉しい。「新型コロナウイルス」で暇を持て余しているときだけにひとしおであった。手紙には原真由美さんは澤畠君のカラオケ教室の先生。一度は歌手を志したが目が出ず子育てが終わり一人息子の大学へ進学した機に再度歌手に挑戦したという。
「若芽ふく再度挑戦歌の道」悠々
作詞は加津よう子。原眞由美さんの実母・西山和子さんだそうだ。作曲・編曲:松井タツオさん。
昔聞いた話だが毎年デビューする新人歌手がざっと300人。その新曲だけで千曲をこす。その中でスター街道を進むのはわずか1%という。
だが人生は様々。初志貫徹もいい。人生は挑戦である。
澤畠君が押す原真由美さんの健闘を祈るのみである。
「五月晴れ倖せのれん歌響く」悠々
▲月刊「文芸春秋」6月号の藤原正彦さんの「格言あれこれ」の中にあった格言。「これからが、これまでを決める」。「これまでがこれからを決める」ではない。「新型コロナウイルス」騒動の時、ふさわしい格言である。
「コロナ」の出口を巡って西村康稔経済再生担当相と吉村洋文大阪府知事が論争している。私は出口戦略を明示した吉村府知事に軍配を上げる。西村大臣は聞き流せば良いことであった。
ともかく今の内閣には「戦略」がない。危機管理能力ゼロである。漫然と「危機事態宣言」を5月末まで延長せずに「出口戦略」を明示すべきであった。だから中旬に目処を示すとしたのである。一種の責任逃れである。
政権は「これからがこれまでを決められる」のである。政権は常に批判の対象にされる。
因みに毎日新聞の世論調査で「5月末までに緊急事態宣言」を解除できると思うか」の質問に1,「思う」35%、「思わない」46%、「わからない」17%であった。私「思う」である。これに基づいて国政を進めてゆく。
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