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D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲庭の片隅に紫蘭が小さい紫の花をいっぱいつけた。
花言葉は「変わらぬ愛」「あなたを忘れない」。
シェイクスピアの作品「シンベリン」にこんな物語がある。プリテン王シンベリンの一人娘イモージュンが王に黙って恋人のポステュマスと結婚する。怒こった王がポステュマスを追放する。それでもイモージュンの愛は変わらなかったという。
「・・・HANG THERE LIKE FRUIT、MY SAUL TILL, THE DIE」(わが魂よ、木の実のようにそこにすがりついてくれ、この幹が枯れるまで)(小田島雄志著「シェイクスピア名言集」)
「愚直にコロナ禍よそに紫蘭咲く」悠々
▲5月6日は「傘雨忌」。久保田万太郎が昭和38年この日なくなった。享年73歳。
鎌倉に住んでいた久保田さんは横須賀線で東京に毎日通っていた。
「今日は疲れているなと思う時は、戸塚と保土ヶ谷の間のトンネルが長いなアと思う」といった。「帰りはどうですか」というと「夜は飲んでいるからわかりません」(戸板康二著「ちょっといい話」文芸春秋)。
▲夢の中で中曽根康弘元首相と話をする。
仙台からの東北新幹線の列車内で安曽根元首相と会う。こちらから名乗って話をする。
何を話したか覚えていないが「未知なことに挑戦せよ」という言葉だけを覚えている。
「夢はなんらかのメッセージ」を伝えるという。中曽根元首相は昨年11月、101歳でなくなっている。死者からのメッセージということになる。昨今の夢の中に出てくる人物は不思議なことになくなったものばかりである。
メッセージそのものは悪い言葉ではない。「新型コロナウイルス」で後ろ向きなことばかり考えがちなので「新しいことに挑戦しろ」と励ましたてくれたのかもしれない。
現役の頃この言葉を思い浮かべながら頑張ってきた。この気持を忘れずこの5月を乗り切ろう。「夢」はそう言っているのであろう。
▲「緊急事態宣言」5月31日まで延長。4日の東京都の感染者87名。2日連続100名を切った。「新型コロナウイルス」は収束の方向にある。中旬には目処がつきそうである。
4日午後、自転車で府中駅近くの本屋にゆく。市営の自転車置き場はガラガラであった。来店制限で少し待たされる。佐伯泰英の時代小説を2冊買う。2週間前に買った佐藤正午の直木賞受賞作はまだ読まずに本棚に収まっている。「積ん読」である。佐伯の時代小説は5月中に2冊とも読み終わるであろう。
「コロナ型の新生活」とは「楽しみを見つける」ことである。けして「横並びに食事をする」ことではない。
安倍晋三首相には「哲学」が乏しい。「ユーモアー」がほしい。
▲東京都、3日は感染者が91人。次第に収まりつつあるのだと思うのだが当分外出自粛、3密が続く。覚悟を決るほかない。緊急事態宣言は31日まで延長。もう少しの踏ん張りである。
▲ところでこんな男もいる。世はさまざまである。
栃木県日光市の男体山(標高2486メートル)で2日午後2時半ごろ、単独で登山していた川崎市川崎区の男性(25)が遭難、知人を通して日光消防署に救助を要請。栃木県防災ヘリが出動、約1時間半後に救出された。男性は足に軽い凍傷を負う。男体山の登山は「新型ウイルス」で登山禁止になっていた。その禁を破っての登山。自分だけが良ければよいという輩である。天罰覿面。ほかにも似たような事例がある。
▲競馬の「天皇賞」はだめであった。「本命」は買わない主義であるから外すことが多い。テレビで中継を見ていて迫力があって面白かった。「新型コロナウイルス」が蔓延している間、自分で面白いことを探すのが大切なことかもしれない。
「書く事」が趣味なのでテーマを見つけて何でも書いてみよう。少しは鬱陶しい気持ちが晴れるであろう。
▲昨今無為に過ごす時間が多い。我ながらだらしないと思う。
午後4時すぎから30分散歩に出る。長袖に上着姿であった。周りを見れば皆半袖である。駆け足をしている若者たちとすれ違う。
いつもの土曜日であれば開催中の東京競馬場へ出かけていたはずである。今はネットしか販売されていない。3日は京都で天皇賞レースがある。歩きながらネットでやってみるかと考えた。
帰宅してみると万歩計は3084歩であった。5月1日わずか214歩であった。
パソコンに向き合う。馬券のネット購入の手続きを取る。案外スラスラいく。
3日朝、東京の1レースと京都の天皇賞の馬券をネットで購入した。なんだか少し余裕が出てきた。
このところ原稿が書けない。4月30日になくなった友人の霜田昭治君の追悼録が書けない。思いが溢れて先に進まない。
「五月晴れ歩兵の歌を歌う友逝く」悠々
▲脱北者の韓国の国会議員が「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の死亡を99%確信している」と主張したとスポニチは伝える(2日)
私は中国が「新型ウコロナウイルス」で世界に高まりつつある中国批判をそらすための仕組んだ情報戦と聞いた。
とすれば「死亡説」は偽情報である。
いずれわかることである。
情報の分析は難しい。データーを客観的に分析する他ない。自分の希望的観測を語るものではない。
北朝鮮も日本の新聞が「首相日々」のせるように「委員長日々」をのせてはどうか。
▲親友の霜田照治君が4月30日なくなった。享年93歳。
『五輪の会』(湘南地区を中心とした同期生の集まり)、『昭和生まれの会』などを作り世話人となり同期生の親睦を深めるのに努力をした。
常に自問自答して安保条約問題、憲法改正問題などについて論文を書いて送ってくれた。
『同台経済懇話会』の講演会では必ず講師に質問していた。日頃から勉強していなければ質問などできない、勉強家であった。
写真も上手であった。三井物産OBの写真展には同期生たちを誘った。
振武台、相武台などの台上の生活を入れれば彼との交友は77年に及ぶ。親しく付き合うようになったのは20年ほど前からである。新宿の三井ビルで開いた写真展での彼の写真について「絵葉書のような写真を撮るな、人物を写せ」と注文つけてからである。
『銀座一丁目新聞』には霜田君の記事も彼からヒントを得て記事にしたものも掲載されている。感謝しながらご冥福を祈る。
「友は逝く南無阿弥陀仏四月尽」悠々
▲「新型コロナウイルス」で外出自粛を余儀なくされ自宅で書類を整理していると思わぬ発見がある。郵便はがきに記載した自作の漢詩がでてきた(日付は平成11年6月17日)。漢詩は作らないが読むのが好きである。鬱陶しいときなどは気持ちが収まる。スポニチを退職して3年めである。当時の自分の気持ちを表現したものである。
処事 為以 自然流(事を処するに自然流を持ってなす)
接人 不怒 如南風(人接するに怒らず南の風のごとく)
人生 百余年 悠々(人生は百余年悠々と)
豈 不楽 往我道(どうして楽しまないのか自分の道を往くを)
文学者暉峻康隆さんは名句なら芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」をあげ、名漢詩なら杜甫の「春望」をあげる。
国破山河在(国破れ山河あり) 城春草木深(城春にして草木深し) 
感時花灌涙(時に感じては花にも涙をそそぎ) 恨別鳥驚心(別れを恨んでは鳥にも心を驚かす) 烽火連三月(烽火三月につらなり) 家書抵萬金(家書萬金にあたる) 白頭掻更短(白頭掻けば更に短く) 渾欲不勝簪(すべて簪にたえざらんと欲す)
名漢詩は暗唱するのが一番である。漢詩がうまくなる一歩である。
5月6日で「非常事態宣言」を解除しても良いと思うのにどうやら延長しそうな気配である。日本の景気は更に悪くなるというのに・・・少しは大胆に振る舞えよ
▲4月29日(水曜日)「昭和の日」。
昔は「天長節」ついで「天皇誕生日」ついで「みどりの日」であった。
その「昭和の日」が「新型ウイルス」の脅威にさらされる。
感染者1万4573人、死者423人(28日現在)。
「ツツジ咲く 雲一つなき 昭和の日 いと騒がしき コロナウイルス」
思い出した。平成31年正月、こんな句をつくった。
「元旦や四代生きるつらさかな」悠々
「昭和の日」とは名ばかり。人々は「新型ウイルス」に苦しむ。休日を増やしたいばかりに「祭日」を生み出す為政者の無定見がこんなときに現れる。
だが「昭和の日」とは動乱・敗戦・復興・平和の時代を思い出そうと2007年(平成19年)から設けられた。新聞にはそれらしい記事が一行もない。昔に帰れというのではない。昭和の歴史の中にはコロナウイルス撲滅のために役立つ手立てがある。有事には「非常時事態宣言」が必要だし「滅私奉公」の心構えもいるのではないか・・・
▲5月に予定されていた同期生たちの集まりも、スポニチOBの集まりも11月に延期された。これで5月は外出の機会がなくなった。東京は27日感染者が39人と26日と同じく100人を切った。どうやら峠を越したと見ていいようだ。5月10日すぎには高尾山へ気分転換に行こうかと思っている。
どうも家にいると鬱陶しくてしょうがない。書くにしても良いアイデアが浮かばない。友人と雑談していると良いアイデアが浮かぶ。今はその機会がない。読書は目が悪いので遅々として進まない。やっと「陸軍中将樋口喜一郎の遺訓」の感想文をまとめたところである。
「修行は日常に有り」をよくよく噛み締めて4,5月を乗り越えたい。
XOOPS Cube PROJECT