Welcome Guest 
メインメニュー
検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

  • カテゴリ 銀座一丁目ブログ の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

D3ブログ - 銀座一丁目ブログカテゴリのエントリ

▲吉田松陰の健康法はあちこちの学熟に通う『運動」であったという。
松蔭の通う学塾はいずれも4キロほどあったから良い運動になった。
日本で『運動』という言葉を健康の意味で使ったのは松陰がはじめてらしい。
彼は禁酒禁煙主義者でもあった。
昨今歩くことが少なくなった、予定がない日は一日中家にとじ込もりである。27日は久しぶりに義弟と府中の東京競馬場に行った。『天皇賞』で場内は超満員であった。『天皇賞」は少しばかり儲かった。歩数計は1万1619歩を示していた。
今週は同期生の会合や日本アイスランド協会の総会があって出歩くので『運動』には心配ない。
人間には『きょうよう」が必要である。「今日の用事」である。積極的に作るほかない。心がけたい。
▲台風21号の影響で朝から雨。しかも肌寒い。
被災地には無情の雨。天は何故かくも不幸を与えるのか・・・
『忘れ得ぬ思いの中の友なれどその後を知らずダンギク咲けり」鳥海昭子
ダンギクの花言葉は「忘れぬ思い」。
私の忘れ得ぬ友は皆なくなった。『寝食を忘れ家庭を顧みず』働いた戦友である。
一人でコーヒーを飲む機会が多くなった。
『客観のコーヒー主観の新酒かな』寺田寅彦
「コーヒーの一人飲む味秋の雨』悠々
▲プロ野球日本シリーズ。ソフトバンク4連勝で巨人に圧勝し3年連続で優勝を果たす。
ソフトバンクの工藤監督の采配の妙というほかない。投手出身の監督だけに投手の育て方がうまいように思う。案外、専任投手コーチの日頃の丁寧な教え方によるのかもしれない。
第1戦7対2,第2戦6対3。第3戦6対3、第4戦4対3。投手陣は巨人に3点以上の点数を与えていない。しかも千賀投手7回、高橋礼投手7回。和田投手5回と3試合で投手が5回までの責任回数を果たしている。
更に最後を締めくくるクローザー投手が整備されていた。森投手は4試合に登板、16人の打者と対戦6安打を打たれるも失点0であった。
選手層の厚さも見逃せない。控えに優れた選手がいるには驚くほかない。
『ローマは一日にしてならず』
▲「即位礼正殿の儀」はまさしく平安時代の絵巻であった。
絢爛豪華のものであった。外国の賓客たちも目を見張った。
これこそ日本が残していかねばならない”伝統美”である。
それとともに天皇陛下の『象徴』としての存在が国民に注目される、
常に民の竈から煙が出るのを気を使ってほしい。
絶えず『国民に寄り添う』姿勢も・・・
『慰霊の旅』も続けねばならない。特に沖縄に格別のご配慮を。。。
▲「即位礼正殿の儀」が22日午後1時から、皇居・宮殿で執り行われる。国内外から約2千人の賓客が参列する。
5月1日即位された天皇が世界に向けて即位を宣言されるめでたき日である。
私は何かしら皇室とは縁がある。勝手にそう思い込んでいるのかもしれない。「節男」という名前は大正天皇のお生まれになった8月31日に生まれたのでつけられた。当時天皇の誕生日は「天長節」といった。その「節」をとったもの。
昭和天皇は陸軍予科士官学校在学中の昭和18年12月9日埼玉県の朝霞にあった学校にお迎えした。「振武台」の名を頂いた。我らを「股肱とのたまいて」いつくしみます大君であった。
新聞記者時代、上皇様のお妃選びの取材班の一員として取材にあたった。当時10人いた取材班も2人しかいなくなった。清水一郎〈故人〉らがいち早く「正田美智子さん」が有力の情報を入手。ご成婚発表当時としては異例の4ページ号外を発行、他社を圧倒、話題をまいた。
スポニチ時代、今の天皇が皇太子の時。ご成婚の1年4ヶ月前に小和田雅子さん一本にしぼり、定年で暇であった清水一郎君をスポニチに迎えて取材班を編成。写真集め、予定稿を書いた。発表当日は24ページの新聞のうち14ページの特集を組んだ。即売は売れに売れた〈平成5年1月7日〉。ネタ元は当時学習院大学のOBであった田中鉄男さん〈故人〉であった。「皇太子のお嫁さんは雅子さんしかいない、今は見込みがないようだが殿下が連日のようにラブコールされたらおめでたいことになるかもしれません」という話であった。田中さんを知り合ったのは平成3年10月にできた日本アイスランド協会の設立総会に出席するアイスランド共和国ウ゛ィグデイス・フインポガドッル大統領に学習院から名誉文学博士号が授与されることになったからである。その協会も来年30周年を迎える。
今更のように「情報」の大切さを知る。その上、その情報をいかにして上手に活かすかで勝負が決まる。ネットで新聞がその存在を脅かされている昨今、新聞の生きる道はいくらでもある。
▲『日本ラグビー元年』。ラグビーワールドカップで日本チームは善戦した。
8強入りを果たす。世界ランキング6位となる。
よくぞ戦った。あっぱれだ。
日本国民は勇気が出た。
『もらった』という表現を若者も新聞もよく使うが間違っている。
勇気は出すものである。戦後日本人は意地汚くなり何でも『もらう』ことしか考えなくなった。
「為せば成る何事もなさぬは人のなさぬなり」
▲馬鹿言っちゃいけない。マラソンを札幌に移すなんておかしい話だ。
東京オリンッピクなのだ。なんのために札幌に移すのだ。「暑さ対策」、「選手フアーストだ」。戯言を言うな。
競技するのは選手たちである。オリンッピク組織委員たちではない。
当日の天候はわからない。雨かもしれない。酷暑かもしれない。神のみ知る。
選手たちはそれぞれに準備する。努力をする。マラソン競技が始まる前から戦いがすでに始まっている。
バッハ会長らがくちばしを入れる時期はすでに終わったはずである。
ク―ペルタンク男爵の言葉を忘れたのか。
『人生でいちばん大切なことは、勝つことではなくて、正々堂々と奮闘することである。人の成功したか、失敗したかを決めるのは、その人が努力したか努力しなかったかということにある』
選手たちの努力する機会をオリンッピク組織委員会の役員たちは未然に奪っている。すでに努力している選手たちを侮辱している。こんな事もわからないでよく役員が務まるものだ。
▲馬鹿言っちゃいけない。マラソンは東京五輪の花形の競技。東京オリンッピクを飾る最後の花である。札幌に移すなんて戯言である。
冬季五輪と間違えているのではないか。
私は42.195キロのマラソン競技の勝者が国立競技場に入ってくる勇姿を見たいのだ。札幌オリンピックではない。東京オリンピックなのだ。
何に「猛暑を甘く見た」(新聞の見出し)?新聞は何故反対のキャンペンをやらないのか。小池百合子都知事さへ『北方領土でおやりになれば』と皮肉を言っているではないか。
これまでも酷暑の中でマラソンが行われたことがある。第3回セントルイス大会(1904年)である。32名の参加中ゴールにたどり着いたのはわずか10名であった。もともとマラソンは第1回アテネ大会から始まる。紀元前490年、アテネの名将ミルチアデスがペルシア軍を破った勝利の報を勇者フィリッピデスがマラソンからアテネまで40余キロを走り抜き「われ勝てり」と伝え絶命した故事による。
何が酷暑だ!バッハ会長以下オリンっピク委員はオリンッピク精神を噛み締めよ・・・
▲関牧翁著『禅の話』(毎日新聞社刊)を手に取る。
平易に禅のことが書かれている。朝飯はお粥と梅干し一つ。昼食は麦の入ったご飯に味噌汁だけである。味噌汁には自分たちが作った野菜がふんだんに入れてある。これで十分だという。朝は午前4時に起きるというのは辛いことだ。これも修行だろう。
要は『良いと思ったことを終生ゆるぎなく実行する」ことだと言う。それが禅の基本という。
昨今は何もしたくない。
贅沢を言わず良いと思ったことをどしどし実行していこう。
▲日本にラグビー熱高まる。ラグビーワールドカップ日本開催は大成功である。
ラグビーW杯・1次リーグ・37試合の観客動員数は128万人を超える。
テレビ視聴率でプロ野球のテレビ放送がサッカーに負けたのは1998年という。それから21年今度はラグビーテレビ放送がサッカーを抜く時代が来た。
「日本対スコットランド」戦の視聴率は平均39・2%(日本テレビ)。今年の全番組のトップの成績である。
NHKは20日の『日本対南アフリカ』戦を大河ドラマ『いだてん』を急遽、取りやめて放送することになった。異例のことであるが視聴率には勝てない。視聴者からレッドカードがでたようなものである。
最も『いだてん』は面白くない。早く適当に打ち切ったほうが良い番組だ。
XOOPS Cube PROJECT