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D3ブログ - 最新エントリー

▲「新型コロナウイルス」が流行して以来、生き方に悩んでから得た教訓が自分の欲する儘に好きなことをするであった。「コロナウイルス」は意外にも私にこれまでの生き方を問うった。覚悟が決まった。そこで辞世の句を作った。
「この世を楽しく過ごせし八月尽」。
一応生きる目標を100歳と立てた。いつ死んでも良い。できれば誕生日の8月であれば良い。梅原猛・全訳注『歎異抄』(講談社学術文庫)を読み終わった。1章から18章まで暗記しようと試みた。徒労に終わった。この年令ではいくら覚えてもすぐ忘れてしまう。「南無阿弥陀仏」をひたすら唱えることが親鸞の教えに叶うと悟った。朝、念仏を3,4回唱える。親鸞の辞世の言葉はつぎのようであった。
「常陸の人々ばかりぞ この者どもをも御あわれみあはれ候ふべからん
いとをしう 人々あはれみ思しめすべし」
親鸞は弘長2年(1262年)11月28日、90歳でなくなった。親鸞が専修念仏の教えに踏み切ったのは29歳のときであった。青年親鸞は己の不純、虚偽、どす黒い欲望に自省を忘れなかった。法然の説教を聞いて六角堂の観音の導きで悟った。29歳の若さで立派なものである。敗戦時、私は陸軍士官学校に在学中であった。地上兵は10月に卒業であった。復員の際、生徒隊長から「生き恥を忍んで国のためにつくせ」と諭された。ジャーナリストの道を選んだ私には苦難の連続であった。私は29歳の時、すでにマージャン、花札、こいこいなどの博打を覚えた。殺人事件や造船疑獄事件を取材するうち事件を追う面白さに引き込まれていった。悟りとは縁が遠い存在であった。33歳の時、ときの社会部長がお寺の住職の資格を持つ人であったので初めて親鸞の教えを聞いた。この社会部長は社会部を若返らせるため20名以上のベテランの部員の首を切ったことでも有名であった。その時に使った文句が「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」であった、皆、素直に聞いたという。その社会部長の年齢は51歳であった。私もおなし年齢に社会部長になったが親鸞をそれほど深くは知らなかった。ひたすらロッキード事件の采配を振るうだけであった。
親鸞の辞世の言葉は常陸の門徒に当てた手紙に書かれたもので肉親の愛顧が最後の言葉となった。娘の覚信尼、息子の有房や門弟に見送られて静かに息を引き取ったという。称名ばかりを唱えていたと伝えられている。
私の宗教は神道である。本来なら葬式は神主さんが来て執り行うのものである。私は近親者ばかりでささやかに音楽葬で行う。音楽はフジ子・ヘミングのリストピアノ協奏曲第一番 変ホ長調 S124のCDと関晴子ピアノ・寺内園生・ピアノ組曲「斑鳩」のCDを流す。骨は太平洋に散骨せよと密かに書きしたためてある。「南無阿弥陀仏」としきりに唱える今日このごろである。
「風薫る南無阿弥陀仏と安心」悠々
▲剣道には「残心」という言葉がある。
業を決めても次ぎへの一手に備える意味である。
「新型コロナウイルス」の緊急事態宣言が解除されても「新型コロナウイルス」が私達の周りに存在する。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス(感染者712人・死者13人)」の船内を調べた結果、感染者がでていないところから「ウイルス」を発見している。
感染力が0.5以下になったとはいえ私達の身の回りには「ウイルス」がうようよしていることを忘れてはいけない。
人々が「緊急事態宣言」が解除になって浮かれていると、落とし穴が待ち受けている。
しばらくの間は遠出を自粛、3密状態は避けるのを心がけるべきであろう。
このウイルは陰性でも感染力が有る。ともかくたちが悪い。我々側に早く免疫をつけてこのウイルスと共存を図っていかなければならいのである。
「君子危ふきに近寄らず」といえり。
▲高野連会長を21年6ヶ月勤めた牧野直隆さん(故人)はつねづねこういっていたという「野球の勝利はベンチを温めている選手をいかにして不平なく駆使するにかかっている」
レギュラーでない選手の使い方である。控えのピッチャーの起用、ピンチヒッター、ピンチランナーの出し方。つまり監督の采配である。
試合が9人の選手だけで終われば言うことがないがもつれる試合となるとそうは行かない。
ここ一番で強い男が居る。集中力をいざという時に発揮できる男がいる。どんなときにも動じない男がいる。それらの選手を試合の節目節目に投入、勝利をもぎ取る。これこそ監督の采配の妙である。
牧野さんは2006年7月になくなった。すでに13年余になる。今年は夏の高校球児の甲子園野球大会がないのが無性に寂しい。
今の日本の政界にこの名監督がいないところに悲劇がある。
▲中国は開催中の全人大会で「国家安全法」を制定する。
建国70年中国も国内のタガが緩んでいるようである。一党独裁の国が今更こんな法律を作らなくてもいいのではないかと思う。事態はもっと深刻なのかもしれない。
香港デモの取締が念頭にある。また国内問題もある。成長率が設定できないぐらい経済が落ち込んでいる。これまで6%の成長率でなんとか農村部の不満を抑え込んできた。今農村部の不満が強く、内乱が頻発しているといわれている。
為政者は法律ができると常に拡大解釈して気に入らの団体、デモを国家の安全を害するとして取り締まるものである。
香港デモだけでなく国内の農民の反乱、少数民族の抗議運動にも呵責なき弾圧が加えられるようになるであろう。
▲緊急事態宣言が解除されて今後仕事のあり方が変わる。
例えば「時差出勤」.朝のラッシュアワーが緩和される。社内の勤務体制も変えることができる。
「テレワーク」。社員が自宅で仕事をすると企業の社内費用が少なくてすむ。例えば部屋代、水道代、電気代など・・・
名経営者といわれた石川島播磨重工業の真藤恒社長がこんな事を言っている。
「スプーンを持ってこいと言われたら、おやじさんはコーヒーを飲もうとしているんだなと感づいて段取りを付ける。さらにおやじさんは胃をこわしているからコーヒーを飲ませちゃだめだ、ぐらいの見識と自信を持ってやってもらいたいものだ」
「テレワーク」ではこのような人材は育たない。人と人との接触は見えざる絶大の効果がある。
時代は変わる。また別の人材育成方法を考えても良い。これからの経営者に課せられた宿題かもしれない。
「新型コロナウイルス」は世界中に変革を呼び込んでいる。早く沈静化したいものだ。
▲『緊急事態』。25日、東京、神奈川、千葉、埼玉、北海道で解除される。4月7日に『緊急事態宣言』発令されて以来1ヶ月18日ぶりである。
開放感に浸る。
外出自粛・3密禁止は日常生活を崩した。企業も苦境に陥った。大きな試練であった。
個人的な事を言えばあと10年足らずの我が人生の余白を楽しむことにした。私の趣味は書くことである。「書くことは考えること生きることである」。大いに書いて楽しみたい。
書くための材料探しが楽しい。友人と会うこと、会えばアイデアが浮かぶ。映画・美術展・音楽会に出かける。ワクワクする。いいものを書くには読書を怠らないも大切である。
自分のモットーである「あわてず・ゆっくり・のんびり・すこし考えて」実行していこうと思っている。
「五月晴れコロナ解除爆発ス」悠々
▲毎日新聞の世論調査によれば安倍内閣の支持率は27%である。自民党支持率も25%と前回より5%落ちた。
『権力の座に3年も居ると腐敗する』と言われる。なんでも自分の思い通リになる権力の座である。人間は弱いものでついつい悪いことをしてしまう。
これまで安倍晋三政権には散々批判してきた。7年間も政権を維持したのがた不思議なくらいである。
本誌では茶説で「今は乱世である」として『乱世には「剛明、事に任ずる」男がほしい。「断固として責任を忠実に果たす」男が必要である』と結論づけた。
果たして自民党のそのような人物がいるのであろうか。
▲「天窓の若葉日のさすうがひ哉」子規
22日の東京の感染者3名。東京都ももとの生活へ戻るための「ロードマップ」を作成した。
自転車で府中駅まででかけた。市営の自転車置き場は満員であった。1週間前はがら空きであった。本屋の入店規制もなく混んでいた。
犬を散歩する人がかなりいた。自分も散歩しているのであろう。徳川綱吉5代将軍が元禄8年(1695年)5月23日、大久保御用邸2万5千坪の地に犬小屋を立てた、収容した野良犬は4万頭にのぼり、手狭になった。そこで中野にも16万坪の犬小屋を立てたという。犬を殺せば死罪が遠島であった。犬の喧嘩を黙視すると閉門、門前の捨て犬を養わないと追放の憂き目を見たそうだ。
子供の頃右足を犬に噛まれ7針も麻酔無しで縫ったことのある私は犬が大嫌いである。「家族同様かわいい」という人がいるがその気持がわからない。綱吉は戌年生まれだが私は丑年生まれである。警視庁の鑑識課長から「シェバードのように事件に感づくのが早い」と褒められたことはある。
」▲この世の中は建前がまかり通る。
「賭けマージャンはいけない」その通リである。
「外出自粛・三密はいけない」その通リである。
額はともかく社会部では「賭けマージャン」は当たり前ではなかったか。
私がいた時代はそうであった。昭和20年代25歳の時、警視庁クラブ在籍時にマージャン。花札、競馬などの博打を教わった。
仕事の上では自粛も三密も破らざるを得ない。
私ならそうする。
産経新聞は自社の記者が黒川東京高検検事長との賭けマージャンをしたというので「お詫び」をした。建前の上では良いであろう。当然とも言えよう。
夢々「賭けマージャン」に加わった2人の記者を首にしないようにしてほしい。どこかへ栄転させてはどうか・・・・。
それにしても「文春」の尾行者に気が付かないとは迂闊であった。テレビドラマ「鬼平犯科帳」にはよく尾行のシーンが出てくる。名記者はまわりにもよく注意を払うものだ。
「取材源秘匿」は取材の大原則である。責められるとすればこの一点である。
▲話題の人・黒川弘務東京高検検事長が新聞記者と賭け麻雀をしたとして新聞が伝える。
場所は産経新聞の社会部記者の自宅。後二人は産経新聞の記者と朝日新聞の社員(元編集局記者)。
元毎日新聞の社会部記者であった私の心境は複雑である。
1、 お金をかけたとしても親善麻雀である。大目に見てやれという気持ちが強い。キリストではないが「罪なきもの石もて打て・・・」と言いたくなる。
2、 自宅に検事長を呼んで麻雀をやるほど産経の記者が食い込んでいることに感心する。このような記者は少ない。
3、 ネタ元が「文春」であるのに感心する。粘り強い。狙いが適確である。その取材力は新聞社の記者の比ではない。ダントツである。「文春」が売れるはずである。
4、 黒川検事長という人は意外に太っ腹である。渦中の人物になっていることを知りながら麻雀をするとは度胸がある。いずれ検事長をおやめになると思うが、どこへ持っていても使える人である。
この記事を産経新聞は3面左上、3段で扱う。「黒川検事長賭けマージャン報道」脇見出しで、文春「本紙記者らと今月」。
朝日新聞は第二社会面、3段で扱う。「黒川検事長がマージャ」脇見出しで「文春報道緊急事態中記者らと」。お詫びの記事もある。
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