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D3ブログ - 最新エントリー

「けやき通信」1号

▼昨今、固有名詞を間違うが少なくない。誤字、脱字などしばしである。大きなことは言えないが原稿の「校閲」の大切さは骨身にしみている。新聞・書籍で校閲とは単なる文字の誤りを正すだけでなく書いていることが事実かどうかまで確認する。大変な仕事である。新聞記者時代「固有名詞」と「日時」は絶対に間違えるなと教わった。固有名詞を間違えると書いている内容までが疑われるからだ。自戒を込めて話を書く。
▼大東京竹橋野球団が編著者で『野球博覧』という415頁もある本を出版した(平成26年2月3日発行・非売品)。実に面白い本で野球に関するエピソードがたくさん載っている。私は手元に置いて愛用している。書く材料に困るとこの本をめくって探す。本が出て間もないころ、大変なミスを発見した。大正13年,大毎球団が都下五大学チームと対戦する記事の中で「4月16日新宿御苑で台覧試合。澄宮殿下(現秩父宮崇仁親王。98歳)の思し召しで・・・」とあった。秩父宮様は称号は淳宮で昭和28年1月4日ご逝去されておられる。明らかに間違いである。これは三笠宮様である。早速編者の一人に電話した。すかさず訂正のシールが貼られた。世が世であれば大問題になるところだ。仲間から「よく見つけた」と言われた。何のことはない。秩父宮様は陸士34期、三笠宮様48期である。三笠宮様が10期後輩の58期生とよくゴルフを楽しまれると聞いていた。私自身は59期生である。
▼最近、自衛隊元幕僚長冨沢暉著「軍事のリアル」(新潮新書・2017年11月20日発行)を讀んだ。集団的自衛権と集団安全保障の違い、外国人に自衛隊を「SELFDEFENNSE FORCE」と英語にかえた話をしたら全く外国人に理解されないことなど貴重な話がいっぱい書かれている。此処にこんな落とし穴がある。
「筆者が防大3年生の頃、芥川受賞直後の作家、大江健三郎氏が『防大生はぼくらの世代の一つの恥辱だ』と新聞のコラムに書いたことがあった。その新聞に反論を書いた後輩の一人が防大の先生から注意を受けたと聞いたと聞いてやるせなく、学生一同洵に辛い思いをしたのだが、その時、筆者たちを救ったのは、林統幕議長が何度となく伝えてくれたドイツの詩人・シラーの『大いなる精神は静かに忍耐する』ということばであった」。
私は林統幕議長の副官をしていた同期生からこの言葉が統幕議長の在右の銘であることを知っていて、今更のように林統幕議長の人格を知った。
▼この話を近くに住む新聞社で“校閲部の神様”と言われた通称”権ちゃん”に話したら数日後「一ヶ所間違いがあります」といってきた。「芥川賞受賞直後」でなく「芥川賞受賞直前」だというのである。コラムが載ったという新聞は毎日新聞で昭和33年6月25日の夕刊である。大江健三郎氏が受賞した芥川賞は第39回「飼育」。昭和33年7月21日に選ばれている。従って「後」でなく「前」である。なるほど”権ちゃん”は一字の師である。校閲恐るべし・・・
▼沖縄の空気が少し変わったのかもしれない。
注目の名護市の市長選挙は「基地移転問題より生活重視」の候補が勝った。
、政府・与党が支援する前市議の渡具知武豊氏(56)が、3400票余りの差で現職の稲嶺進氏(72)を破って当選した。
普天間基地の辺野古沖移転は加速し反対闘争は節目を迎えた。
普天間飛行場の辺野古移設問題を争点から外し、経済振興を前面に押し出した渡具知候補の戦術が功を奏したといえる。
だが底流には国防か地方自治のどちらかをとるかの問題に帰着する。
▼節分.立春の前日。冬が終わって春の季節に移る日である。大雪が降ったばかり。そんな気は一向にしない。春がそばまで来ているのであろう。中国では節分を農作業はじめとして祝った。日本でも農作業をはじめるという。
今はすっかり成人してしまったが子供が家にいるころは欠かさず豆まきをした。年の数だけ豆を食べた。邪気悪霊が入ってくるのを防ぐための豆まきである。
子供は独立した。今は何もしない。
「節分や親子の年の近うなる」子規
「節分や邪気悪霊怖がらず」悠々
この頃「節分草」が咲く。白色の五弁の小さな花を持つ。
「きさらぎの光きらきらゆれている節分草の群れ咲くところ」鳥海昭子
▼札幌で生活困窮者らの支援施設が全焼11人が死亡する(1月31日午後11時40分)。負傷の3人を含めて5人助かる。なぜこのように支援施設がよく火事にあうのが・・・
防火対策の不備、介護人員の不足など様々な要因があろう。
弱者に災難が降りかかる。災害はつねに弱者を狙う。
あわれというほかない。
92歳の私には人ごととは思えない。
いつも二階に寝ているがそばに2階から逃げれるように下にたらす綱とヘルメットを用意している。1階に寝ている連れ合いには庭から助け出すつもりだ。
要は火の用心である。火の始末である。火が出る恐れがあるのは台所のガスと居間で使っている石油ストーブである。
要は「点検」と「確認」の基本動作である。この当たり前のことができないのだ。人間はまことに度し難い。
▼1日から上野動物園のパンダ「シンシン」の見物が自由とあって朝5時から
千人を超える人が行列を作る。この寒さ風邪をひかないかと心配である。
「シンシン風邪」にならないように祈るばかり・・・
▼大相撲理事選挙。10人の理事に11人が立候補。もちろん貴乃花親方も立候補する。当落を度外視した行動である。一石の波紋は大きくなろう。

▼将棋の加藤一二三さんが学士会館で講演した「私の棋士人生」の要旨を「学士会報」(2018年1月号)で拝見した。その中で藤井颯大4段について「彼の今後の課題は私のように連続昇給し、18歳か19歳でA級8段になることです。それが出来れば間違いなく天才と言われます」といい、さらに「将棋史上、最も将棋を研究をした15歳は私でも大山名人でも升田名人でも土生善冶山でもなく藤井さんだと思います」といっている。
「神武以来の天才」と言われた加藤さんが言うのだから間違いないであろう。
将棋界に彗星が現れたわけだ。今後が楽しみだ
▼日本新聞記者クラブの「2018年予想アンケート」に次の問題が出た。
将棋の藤井聡太4段が8大タイトル戦のいずれかかで挑戦権を獲得   (できる)(できない)    8大タイトルは竜王、名人、王位、棋王、王将、棋聖、叡王を指す。
私は出来ると答えた。 時間の問題であろう。何かを持っている藤井4段であると注釈を加えた。
▼国会での憲法改正をめぐる論戦を聞いていると自民党案がどうもおかしい。
戦争放棄・戦力の不保持・交戦権の否認を明記している憲法9条をそのままにしてそのあとに自衛隊の存在を明記するらしい。そういう腹だと私は受け取った。
第Ⅰ項はともかく第2項は矛盾する。ごまかしの何物でない。こうしなければ国民投票で国民の賛成が得られないという。これほど国民をばかにした話はない。戦後一度も戦争をしたこともなく戦死者をひとりも出したことのない国である。平和国家であるのは間違いない。戦争をしたいと思う為政者もいまい。万一に備え、国を守るための軍隊が存在するのは近代国家として当然のことである。
第9条1項「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」
戦後一貫して平和主義を貫いてきた日本である。今後もこうあるべきであろう。
第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」
「戦力を保持しない」というのは日本に軍隊を持たせないということだ。当時の占領軍(GHQ)は日本の軍国主義を恐れてこのような条文を設けた。それを朝鮮戦争の勃発により日本にも軍隊が必要ということで警察予備隊が誕生し保安隊、自衛隊となった。もちろん2項の趣旨は国の自衛権を否定するものではないと解釈された。今日の自衛隊となった。英語で「SELF DEFENSE FORSE」という。訳は「護身隊」「正当防衛隊」。ともかく軍隊でなく専ら自分の身を守る軍隊と外国では受け取られているらしい。日本国民は日本の自衛隊を外国から卑下される立場にいつまで置くつもりなのか。
平和主義を明記して自衛隊を軍隊とするのを素直に認める改正をした方がすっきりする。
▼ヤジは野次とも弥次とも書く。
「自分に関係のないことを人のうしろについてわけもなくさわぐこと」と『広辞苑』にある。
沖縄県の米軍ヘリ事故に関して自民党の松本文明副内閣相ガヤジを飛ばしてクビになった。
だが国会での弥次は時には本音が出る。「沖縄県民の心の寄り添う」などといいながら弥次が本音かもしれない。
だが、ヤジを飛ばすならユーモアある上品な言葉を・・・。
言葉はその人の人柄を著す。
国会議員諸兄よ 言葉遣いにはくれぐれも用心されたし。
▼注目の名護市長選挙が始まった。
投票日は2月4日。
普天間基地の辺野古への移設工事の是非を問う。
反対派の現職・稲嶺侑氏(72)と推進派の渡貝知武豊氏(56)との一騎打ちである。
稲嶺氏は「辺野古の新基地建設は沖縄全体の悪影響を及ぼし、未来の子供の為にも進めさせてはいけない」という。
渡貝知氏は「一つのことにこだわり過ぎて市民生活が置き去りにされてきた」と主張する。
私は国防が大事か地方自治に重きを置くかが問われる選挙だと思う。
▼安倍晋三首相は国会の施政方針演説に対する答弁の中で次のように答えた。「近年の世論調査でも自衛隊を合憲という憲法学者は2割にとどまる。『違憲』と主張する有力な政党もある。自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあったら命を張るってくれ』というのはあまりにも無責任だ」。当然の主張である。むしろ今の若者に「日本を守る気概有やなしや」を問いたいぐらいだ。
この答弁に作家大江健三郎が毎日新聞1夕刊(1958年=昭和33年6月25日)に書いたコラム「女優と防衛大生」を思い出した。大江は「ここで十分に政治的な立場を意識してこれをいうのだが、ぼくは、防衛大学校生をぼくらの世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている」と書いている。時に大江は23歳であった。私は32歳、毎日新聞の遊軍記者で「皇太子妃取材班」の一員であった。今の陛下のお嫁さん探しの取材に明け暮れていた。陸士の同期生の少なからずの者が警察予備隊の時代から自衛隊に入隊しているので心穏やかでなかった。この時、防大7期生の一人がその新聞に反論を書いて防大の教官に注意されたという。当時防大の3年生であった現偕行社理事長冨沢暉さんはその著書「軍事のリアル」(新潮新書)で当時の心境を次のように記す。
「学生一同洵に辛い思いをしたのだが、その時、筆者たちを救ったのは林統幕議長が何度となく伝えてくれたドイツの詩人・シラーの『大いなる精神は静かに忍耐する』という言葉であった」。時に人は言葉に救われる。
このころ、林敬三統幕議長の専属副官をしていたのが同期生の鈴木七郎君であった。予科時代同じ区隊であった。林統幕議長は宮内庁次長からの転身で父親は林弥三吉中将(陸士8期・東京警備司令官。昭和23年8月死去・享年73歳)。鈴木君は昭和34年11月から丸3年間副官を務め林統幕議長の言動は教えられるところが多く、人生の師として尊敬し仕えた。議長の座右の銘は「大いなる精神は静かに忍耐する」であったと、鈴木七郎君は我々が出した59期予科23中隊1区隊史に書いている。
なおこの言葉はシラーの作品「ドン・カルロス」第1幕第4場に出てくる。スペインの皇太子ドン・カルロスの幼馴染みであるポーザ侯のセリフである。
Marquis
Mathildens Herz hat Niemand noch ergründet -
Doch ll. große Seelen dulden sti(ポーザ侯爵-マチルデの心はまだ誰も究明していない。
しかし、大いなる精神は静かに忍耐するのです)。
因みにシラー(1759~1805)は19歳の時にシュトガルトのカール兵学校に入学、法律と医学を学び、聯隊見習軍医となったが24歳の時、マンハイムでの『群盗』初演の成功で軍務を退いている。
▼新聞もテレビも取材力が落ちた。すべて発表待ちである。ネタが全て提供されると思っている。
16年6月に有罪判決が下されたは春日野部屋の傷害事件を公表しなかったと未練がましく報道している。
広報の原則は1、事実を伝える。2企業に不利益なことは言わない。3、嘘は言わない
である。
春日野親方、相撲協協会のとった処置は2の原則に従って当然でなんら非難されるものではない。
新聞記者は「相手の嫌がるネタ」を取って報道するのが仕事だ。
それを勘違いして「ネタは相手が持ってくるもの」と思い込んでいるようである。
新聞テレビが面白くない理由の一つがここにある。
「春日野親方・協会が傷害事件を公表しなかった」と報道すのは自分たちの無能を読者に知らせることに他ならない。
今の記者たちはそれにも気づいていないであろう。度し難い・・・
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