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D3ブログ - makiuchiさんのエントリ

▲『緊急事態』。25日、東京、神奈川、千葉、埼玉、北海道で解除される。4月7日に『緊急事態宣言』発令されて以来1ヶ月18日ぶりである。
開放感に浸る。
外出自粛・3密禁止は日常生活を崩した。企業も苦境に陥った。大きな試練であった。
個人的な事を言えばあと10年足らずの我が人生の余白を楽しむことにした。私の趣味は書くことである。「書くことは考えること生きることである」。大いに書いて楽しみたい。
書くための材料探しが楽しい。友人と会うこと、会えばアイデアが浮かぶ。映画・美術展・音楽会に出かける。ワクワクする。いいものを書くには読書を怠らないも大切である。
自分のモットーである「あわてず・ゆっくり・のんびり・すこし考えて」実行していこうと思っている。
「五月晴れコロナ解除爆発ス」悠々
▲毎日新聞の世論調査によれば安倍内閣の支持率は27%である。自民党支持率も25%と前回より5%落ちた。
『権力の座に3年も居ると腐敗する』と言われる。なんでも自分の思い通リになる権力の座である。人間は弱いものでついつい悪いことをしてしまう。
これまで安倍晋三政権には散々批判してきた。7年間も政権を維持したのがた不思議なくらいである。
本誌では茶説で「今は乱世である」として『乱世には「剛明、事に任ずる」男がほしい。「断固として責任を忠実に果たす」男が必要である』と結論づけた。
果たして自民党のそのような人物がいるのであろうか。
▲「天窓の若葉日のさすうがひ哉」子規
22日の東京の感染者3名。東京都ももとの生活へ戻るための「ロードマップ」を作成した。
自転車で府中駅まででかけた。市営の自転車置き場は満員であった。1週間前はがら空きであった。本屋の入店規制もなく混んでいた。
犬を散歩する人がかなりいた。自分も散歩しているのであろう。徳川綱吉5代将軍が元禄8年(1695年)5月23日、大久保御用邸2万5千坪の地に犬小屋を立てた、収容した野良犬は4万頭にのぼり、手狭になった。そこで中野にも16万坪の犬小屋を立てたという。犬を殺せば死罪が遠島であった。犬の喧嘩を黙視すると閉門、門前の捨て犬を養わないと追放の憂き目を見たそうだ。
子供の頃右足を犬に噛まれ7針も麻酔無しで縫ったことのある私は犬が大嫌いである。「家族同様かわいい」という人がいるがその気持がわからない。綱吉は戌年生まれだが私は丑年生まれである。警視庁の鑑識課長から「シェバードのように事件に感づくのが早い」と褒められたことはある。
」▲この世の中は建前がまかり通る。
「賭けマージャンはいけない」その通リである。
「外出自粛・三密はいけない」その通リである。
額はともかく社会部では「賭けマージャン」は当たり前ではなかったか。
私がいた時代はそうであった。昭和20年代25歳の時、警視庁クラブ在籍時にマージャン。花札、競馬などの博打を教わった。
仕事の上では自粛も三密も破らざるを得ない。
私ならそうする。
産経新聞は自社の記者が黒川東京高検検事長との賭けマージャンをしたというので「お詫び」をした。建前の上では良いであろう。当然とも言えよう。
夢々「賭けマージャン」に加わった2人の記者を首にしないようにしてほしい。どこかへ栄転させてはどうか・・・・。
それにしても「文春」の尾行者に気が付かないとは迂闊であった。テレビドラマ「鬼平犯科帳」にはよく尾行のシーンが出てくる。名記者はまわりにもよく注意を払うものだ。
「取材源秘匿」は取材の大原則である。責められるとすればこの一点である。
▲話題の人・黒川弘務東京高検検事長が新聞記者と賭け麻雀をしたとして新聞が伝える。
場所は産経新聞の社会部記者の自宅。後二人は産経新聞の記者と朝日新聞の社員(元編集局記者)。
元毎日新聞の社会部記者であった私の心境は複雑である。
1、 お金をかけたとしても親善麻雀である。大目に見てやれという気持ちが強い。キリストではないが「罪なきもの石もて打て・・・」と言いたくなる。
2、 自宅に検事長を呼んで麻雀をやるほど産経の記者が食い込んでいることに感心する。このような記者は少ない。
3、 ネタ元が「文春」であるのに感心する。粘り強い。狙いが適確である。その取材力は新聞社の記者の比ではない。ダントツである。「文春」が売れるはずである。
4、 黒川検事長という人は意外に太っ腹である。渦中の人物になっていることを知りながら麻雀をするとは度胸がある。いずれ検事長をおやめになると思うが、どこへ持っていても使える人である。
この記事を産経新聞は3面左上、3段で扱う。「黒川検事長賭けマージャン報道」脇見出しで、文春「本紙記者らと今月」。
朝日新聞は第二社会面、3段で扱う。「黒川検事長がマージャ」脇見出しで「文春報道緊急事態中記者らと」。お詫びの記事もある。
▲小雨の中傘を指して散歩に出る。歩くこと25分、万歩計は2865歩。
歩きながら色々考える。櫛寿(94歳)を迎えてなんの欲もない。あえて言えば死に様である。夜寝て朝息を引き取っているという形が望ましい。そうはうまくいくまい。「南無阿弥陀仏」を唱えても・・・
一応百寿を目標にしている。後6年もある。生きている以上「世のため、人のため」できることをしていかねばならい。「生涯ジャーナリスト」を目指する私にとってネット新聞「銀座一丁目新聞」を続けてゆくほかない。
昨今外へ出歩かなくなった。映画も展覧会もいく機会がない。友人等の会合もない。私の頭を刺激するものがほしい。路地には人影がまったくない。
昨今は本から刺激を受けることが多い。十八史略などは触発される。先輩は「ネタはどこにも落ちている」といった。昨今はそれにあまり気が付かない。
書くことしか能のない男である。後少し努力してやる他ない。
「新型コロナウイルス」もまもなく収束する。6月からはなんとか外へ出られるであろう。

「悠々として 流がるる如し
白雲一つ 去りまた来る
行き先問えば 誰か答えん
雲の行く末  知る人ぞなし
天地と自然 そのままがよし」
▲久ぶりにゴルフをした夢を見た。この所「新型コロナウイルス」の東京の感染者が5人、10人と激減しているのにも影響したのかもしれない。
ゴルフコースは山岳コースである。ホールからホールへ行くにはロープウエイを使わなくていけない個所もあった。しかも料金を払わねばならなかった。一人でカートを引いて回ればよいので気楽であった。9番ホールは崖の上にあるのでその崖を登るのに苦労しているところで目が覚めた。成績はすべてダブルボギーであった。
今年からゴルフはやめた。体がゆうことをきかないのだ。春の社会部OBのゴルフ大会も断った。
この夢をなんと解釈したら良いのであろうか。
1, ともかく体を動かせということ。このところ外出もせず散歩もしていない。それともゴルフでもしろということであろうか。
2, 「コロナ」騒動が終息に向かっているが気を抜くなという警告である。
3, 最後に難関が待ち受けているので要注意ということであろうか。しかも多少の蓄えも必要ということである。
こう考えると夢を見るのもまんざら悪いことではないようである。
▲NHKの朝のテレビドラマ「エール」で早稲田の学生が『応援歌』の作曲を依頼するシーンがあった。慶応に11連敗する早稲田に選手たちを鼓舞するお応援歌が必要であったからだ。応援歌は眠っている選手の闘志をかき立てる。元気づける。奮い立たせるものがある。
歌には『心を打つ歌詞と旋律』があるからであろう。
人にはそれぞれ人生の応援歌がある。私は中学生にいたころ先輩から教えられた。中学生時代、大連の寄宿舎にいた。漢学者の金子雪斎が作った塾で。『大連振東学舎』といった。総裁は中野正剛であった。大正から昭和はじめにかけて大陸に雄飛する青年が寝泊まりしたという。私のときには大連にある中学、商業、工業各学校の生徒たちの寄宿舎となっていた。
その歌は『無名戦士の歌』(歌不詳)である。今こそ歌わん。人生の応援歌を・・・

『身を殺して仁をなす 
神州男児の心意気 
いざ、見せばやと、ただ一騎 
向かうは万里、雲外』(1番)
▲暇に任せて中国戦国時代末期の思想家「荀子」(守屋守編訳・PHP)。を読む。荀子の名言79が選ばれ、いわば荀子の手引書である。戦国時代は紀元前400年代から紀元前221年までを指す。古い人の話だが「人間性悪説」を唱えた有名な人物である。今の時代を「乱世」と見る私には荀子の説は理解できる。
まず「人間の本性は悪である」。善なる部分は後天的な努力によって身につけたものにすぎないという。安倍政権は人としてやっていいことと悪い事のけじめがわからない。後天的な努力をしていないから善が身につかない。人間の本性は悪だと思う。
政治について荀子は「礼儀」に基づく統治を主張し、力で抑え込む覇道までを容認する。荀子の言う「礼儀」とは道徳上の規範であるばかりでなく、法的な強制力まで含んでいる。
荀子は政治の混乱を正すために「規範の確立」を求めた。
荀子があげた「礼儀」を体得した人物像は6つの要件を満たした者を指す。
1, 気さくな人柄であるが、慣れ親しむことができない。
2, 臆病なほど慎重であるが、脅しには屈しない。
3, 危険なことには手を出さないが、義のためには命を投げ出すこともいとわない。
4, 利益は人並みに追求するけれども、後ろ指を指されるようなことはしない。
5, 誰とでも親しく付き合うけれども、徒党は組まない。
6, 必要とあれば大いに弁ずるけれども、余計なことは口にしない。
要は乱世を正すには「規範の確立」しかないということになる。
「荀子」の「修身篇」に曰く「どんな近い道でも、歩み続けなければたどり着けない。どんな小さいなことでもやってみなければ成し遂げることはできない」。
これからも拳拳服膺したい。
▲松尾邦弘元検事総長(77)ら検察OBが15日、検察庁法改正案に反対する意見書を法務省に出した。この法案が検事総長、検事長らの定年延長に名を借りた「検察の人事に政治権力が介入することを正当化する」ものであるとしている。
政権が検察の人事権を握れば起訴や不起訴の判断に干渉される恐れがある。造船疑獄事件(昭和29年)の時、法務大臣が指揮権を発動して与党の幹事長と政調会長の逮捕を差し止めたことがあった。今回はそれよりも悪辣である。
民主主義の基本は三権分立だ、政治、司法、行政が独立しお互いに敬意を払いつつその立場を尊重しなければ国は成り立たない。
戦後日本は75年間一度も他国と戦争せず国民は「平和だ」と思い込んでいる。とんでもないことだ。安倍晋三内閣が世の中をあえて乱世にしている。やっていることがでたらめすぎる。5月15日は5・15事件である。昭和7年5月15日国家革新のため海軍将校、陸軍士官候補生らが決起、犬養毅首相を殺害、警視庁、日本銀行、政友会本部などを襲撃した。
決起した海軍士官三上卓は歌った。
「汨羅の淵に並騒ぎ 
巫山の雲は乱れ飛ぶ 
混濁の世に吾たてば 
義憤に燃えて血潮わく」(1番)
乱世とはいえ民主主義の世の中。クーデターは許されない。だから検察のOBたちが異例の意見書を出した
三上は6番で歌った。
「天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民、永劫の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ」
XOOPS Cube PROJECT