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D3ブログ - makiuchiさんのエントリ

▲「新型ウイルス」の震源地・中国武漢の「都市封鎖」4月8日解除される。ということは感染者がゼロになったのは3月24日頃である。先に新聞では「武漢の感染者ゼロ」は2月12日と伝えていた。嘘であったにしてもこのころ下火になってきたということではある。この情報で私は日本の感染者は4月12日ごろ峠を越すだろうと判断した。これでは少しずれることになる。4月24日ごろか。これはあくまでも私の心づもりである。日本では4月7日「緊急事態宣言」が出た。その効果は2週間後はっきりする。つまり4月28日ごろ収束に向かうであろう。
ともあれ外出を自粛。「密閉・密集・密着」の3密を避けることでる。
▲政府「緊急事態宣言」に踏み切る。対象地域は東京・神奈川・千葉・さいたま・名古屋・大阪・福岡である。期間は1ヵ月。対象となった都道府県の知事は、住民に対して外出自粛を要請、学校、映画館、劇場、音楽ホールや人が集まる施設の使用を制限する。
要は不要、不急の外出を避け、できるだけ家にいなさいということである。昨今の私と同じである。
体を動かさないでいると老人は「ぼける」。歩くことにしている。あとは時々「南無阿弥陀仏」を唱える。今朝は「歎異抄」第7条を読む。「念仏者無礙の一道なり。その異は霊感とならば、信心の行者には天神・地祇も敬伏詩、魔界・外道も障碍すること無し。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もおよぶことなきゆえなりと云々」
「新型コロナウイルス」に対する「緊急自体宣言」に相応しい第7条である。
▲NHKの朝のテレビドラマ「エール」をみている。
主人公が古関裕而である。私は彼が作曲した「長崎の鐘」が好きである。
「なげさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る」
安倍晋三首相と菅義偉官房長官の蜜月が崩壊したという(スポニチ)。
二人のつけているマスクの形が異なるという観察からである。心は形に現れる。案外真実かもしれない。国民全世帯にマスクを配布という愚案が出てくるのもこんなところに原因があるのかもしれない。
「新型コロナウイルス」が猛威を奮っている時、おたがいに「なぐさめ はげまし」コロナ対策を立てなければいけないのに困ったものである。
▲スーパーに食品を買いに行こうと思うのだが体が寝台に縛り付けられたように動かいない。はっとして目が覚めた。
昨今、足腰のアチラコチラがいたんできた。体が動かなる予兆か。それとも食いたくても食えなくなるしるしであろうか。食べたいものが簡単に手に入らないという夢か。
この夢は多分に「新型コロナウイルス」が影響している。スーパーでの食品買いだめ騒動。感染の恐怖・・・とすれば「新型コロナウイルス」は当分続くということか。
「南無阿弥陀仏」と唱えるばかりである。
「春暁コロナウイルス夢の中」悠々
▲望月新一京大教授(51)超難解の「ABC予想」を20年かけて証明する。正解かどうかを判定するのに8年もかける。ノーベル賞をいくつ頂いても良いほどの業績だという。数学苦手の私などは「すごい」と驚嘆するばかりである。
▲靖国神社参拝する(4月3日)。南通用門閉鎖・境内は柵で仕切られ参拝客は極めて少なかった。拝殿近くの売店は閉鎖されていた。
貞明皇后御歌 招魂社
「子も孫も神のいさををききしりて
たえずまうづる御社ぞこれ」
「遺書」陸軍少佐  片岡喜作命
昭和20年4月22日沖縄周辺にて戦死
茨城県筑波郡大穂町出身 31菜
片岡喜作中尉(少尉候補生21期・戦死後少佐に特進)は昭和20年4月22日知覧飛行場から99式高等練習機11機とともに那護湾周辺の米軍に特攻をかけ戦死された。米軍が慶良間列島に上陸したのは3月16日、沖縄航空決戦・天一号作戦が発動されたのは3月26日である。戦闘機の不足で高等練習機まで特攻機に当てるようになったのは沖縄戦からである。特攻機の戦果について終戦後日本に派遣された米国戦略爆撃調査団は次のように評価している。「特攻隊の攻撃は絶大な実用価値があった。比島作戦では神風攻撃の26%が戦果を上げている。延べ650機のうち174機が命中または至近弾となって、効果を上げている。沖縄戦では奏効率14.7%であるが約1900機のうち379機が効果を上げている。10ヶ月の特攻期間にアメリカ海軍の損傷艦の48%。全戦争期間44ヵ月の沈没艦の21.3%は神風の戦果である」、特攻はけして無駄ではなかった。戦時中の日本の若者のように国のため家族のために命を進んで捧げるものが世界のどこにいるのか。
片岡中尉は両親あての遺書に何ら子としての務めを果たし得ずして死ぬことをわびている。何故特攻の悪口を言うものが後をたたないのは残念なことである。
▲「逆境にまさる財産なし」という。
「新型コロナウイルス」が猛威をふるう時こそチャンスというのであろうか。
先人たちの中には成功した人が少なくない。
商才のない私には何も思い浮かばない。閉塞感からつかれたように4月1日から「歎異抄」を手にとった次第。何故か引きこまれる。第3条「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや・・・」。
「南無阿弥陀仏」を唱えるばかり。
3日午前11時半靖国神社に参拝する。例年5,6人が一緒であるが今年は私一人のみである。「みはた会」といった。この会を作った先輩は私の後半の人生を変えた。100人も集まった事もあった。今年解散した。有志を誘うも私一人になった。我ながら愚直と思う。できるだけ「密集・密閉・密着」を避けるつもりである。
▲「全世帯にマスク2枚を配布」こんなこと政権がやることではない。「医療崩壊」こんなことを医者が公の席で言うべきことではない。戦後75年平和ボケした日本は危機管理能力ゼロである。戦略、戦術をたてるものがいない。リーダーシップを持つものがいない。こんな詩でも吟じたくなる。
「春夜」蘇軾
「春宵一刻値千金 花に清香有り月に陰有り
歌管楼台声細細  鞦韆院落夜沈沈」
(春の夜の一刻は千金の値打ちがある。花は清らか中折りを放ち月はおぼろに霞む。ついさきほどまで歌や笛の音でにぎやかだった高殿も今はかすかな調べに変わった。中庭にブランコがひっそりとかかっている。夜は静かに更けてゆく)
▲4月1日、新年度の始まり。世の中は「新型コロナウイルス」で騒然。
「歎異抄」(梅原猛・全訳注・講談社学術文庫)を読み始める。まず「南無阿弥陀仏」を唱えることにした。1日1条読むとすればとすれば18条あるから18日で読み終わることになる。「春四月南無阿弥陀仏我動く」悠々
3月は都心に3回出た。同期生の世話人会、日本アイスランド協会の会合、友人との会食。
4月は3日、靖国神社参拝、下旬、友人との会食の2回のみである。
気がかりなのは「新型コロナウイルス」が4月中旬に峠を越すと予想したことである。おそらくこの通リになると思うがあと2週間で結論が出る。
「春半ばコロナウイルス峠越す」悠々
3月中に読んだ本は3冊。1冊は李栄勲編著「種族主義」(文芸春秋刊)、プレイディみかこ著「ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー」(新潮社刊)、田中英道著「老年こそ創造の時代」(勉誠出版刊)。
「老年こそ創造の時代」には刺激を受けた。元気が出た。(新聞によく出る「元気をもらった」ではない。元気は出すものだ)。プレイディみかこさんは筆力のある人と見た。起きた現象の分析は適確である。伸びる人である。「種族主義」私には難しい本であった。読み終わるのに3ヶ月もかかった。
▲「カナリヤは逃げて春の日くれにけり」子規
子規がこう読んだのは明治33年(1900年)である。
それから120年経って悠々氏は歌う。
「春名のみコロナウイルス我が物顔」
「志村けん死して春の日くれにけり」
[人消えて春は名のみにくれにけり」
▲『新型コロナウイルス』は一見猛威を奮っているように見える。
だが4月半ばから峠を越すであろう。
理由の第一は発生源の中国・武漢の感染者がすでにゼロになったこと。
第二の理由は国民がそれなりに対策を取っていることだ。土曜、日曜の盛り場の閑散なこと、また食料品に買い占めも外出を控えるための対策の一手段と見ることもできる。
第三の理由は日本の医療陣が感染防止に医療活動に懸命に戦っているからである。感染者が出ても治癒している人も少なくない。
徒に日に日に増える感染者の数ばかりを見てそれを防ぐために努力をしている人たちを見過ごしている。
その意味では新聞もテレビを『負』の局面ばかりを伝えすぎる。
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