Welcome Guest 
メインメニュー
検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

D3ブログ - makiuchiさんのエントリ

▲『寒椿力を入れて赤を咲く』子規
私には寒椿が韓国に見えてしょうがない。韓国には『恨』(えん)という言葉がある。日本人が感じる『恨』よりはもっと深い恨みと悲しみがある。
徴用工を巡って日韓両国の間がいびつになっている。戦争中の請求権は法律的に解決積みだ。国際法上おかしい。といっても韓国側で『請求権問題』が浮上する。
『恨』のなせる仕業であろう。
日韓両国政府で話し合って解決する他ない。話し合えば良い知恵も湧いてこよう。時には喧嘩も良い「喧嘩は仲良しの始まり』という。
『力を入れて赤を咲く』韓国元徴用工を納得させるものは日本の誠意しかない。必ずしもお金を意味しない。両国の友好を象徴するものでよい。例えば『椿庭園』を造園してみてはどうか・・・
▲栄枯盛衰は世の習い。と言いながら喜怒哀楽がつきまとう。
レスリングの吉田沙保里選手(36)は33年間のレスリング選手生活に区切りをつけて引退する。五輪と世界選手権を合わせて16連勝を飾る。3歳からの英才教育が実った最高の模範例であろう。今後は後進の指導に当たるという。まだ30代、今後を大いに期待する。
▲将棋の最年少プロ藤井聡太7段(16),8日の77期名人戦順位戦のC級1組で富岡英作8段(54)を破り、デビューから無敗の18連勝を飾る。中原誠16世名人(71)と並ぶ最多記録。将棋界の輝ける星。いずれ7冠を総なめにするであろう。
▲横綱稀勢の里、13日から始まる大相撲初場所に出場する。場所前怪我などで本格的な稽古ができていない様子。「日頃の稽古は裏切らない』という。おそらく期待するほどの星は残せないであろう。不運というほかない。
▲日産の前会長カルロス・ゴーン会長(64)東京地裁での『勾留理由開示手続き』に出廷。無罪を主張する。経営はやさしくない。会社法の中でどこまで社長なり会長の知恵とアイデアを活かせるか。昔から『みんなが賛成するアイデアはつまらないアイデアだ』『いいアデアは会議にかけるな』と言われる。どこまで独断が許されるか、この裁判はむつかいしいものになるのはまちがない。だが面白い。
▲夢に巨人から広島に移る長野久義選手(34)が出てきた。プロ野球の選手が夢に出てくるのは初めてだ。『がんばります』といっていた。巨人を愛した男が他の球団へ移るのは辛いことであろう。広島での年俸は2億2000万円というが人間の気持ちは金では図られない。
なぜこんな夢を見るのであろう。
「困難にぶつかっても頑張るように」という忠告かもしれない。
長野選手が移籍の通告を受けた後に発表したコメントは『3連覇している強い広島カープに選んでいただけてことは選手冥利に尽きます』であった。
本当の心のうちは別にあるような気がするが、プロ野球に生きる名選手はどのような場面でも見事にさばいて見せなければならない。その一つの難球を長野選手なりに受け取ったのであろう。
とすれば私にはそれなりに近く難しい出来事に直面するということであろうか・・・
▲毎日新聞の読書欄(オピニオン)に80歳の男性がラテン語を勉強したいと投書していた(1月7日)。この投書には私の怠け心が恥ずかしい。
カサエルがルビコン川をわたってローマへ進軍する際に叫んだ「賽は投げられた」が引用されていた。私も数年前、同じくラテン語を趣味として勉強したいと思ったことがあった。三日坊主に終わってしまった。意欲があるが実行が伴わない私の悪い癖である。
「継続は力なり」は本当のことである。
パソコンで調べてみると、「賽は投げられた」(alea iacta est、アーレア・ヤクタ・エスト)と叫んだのは紀元前49年1月10日であった。
▲靖国神社に参拝する。初詣の客多く列をなす。私もしばし並んで順番を待った。
香淳皇后御歌
新年天(昭和25年)
『あらたまの年をむかへてうちあふぐ
空はいよいよ高きここちす」
『愛児の便り」
       陸軍大尉 木目田知命
昭和19年2月28日 ニューギニア・ウエワクにて戦病死
東京都南多摩郡南村出身 42歳。
手紙は二人の息子に昭和18年12月ごろだしたものようである。
私はまだ18歳、埼玉県朝霞にあった陸軍余暇士官学校に在学中であった。1ケ月後航空に進む同期生は余暇1年の課程を経て航空士官学校へ進んだ。それだけ戦局が緊迫していたということであった。
▲TBSテレビの番組『プレバト俳句頂上戦』を見た。兼題は「結露」。選者:夏井いつ子さん(1月3日)。
1位になったのは東国原英夫さんの俳句であった。
「凍蝿よ生産性の我にあるや」
見事だと思う。
時事句である。女性国会議員の「レスビアン(LGBT)に生産性がない」という発言からうまれたもの。
「結露」から「凍蝿」を発想して時事問題に結びつけるのは日頃から問題意識を持っていなければできないことだ。一介のタレントではなく元宮崎県知事をした男だと見直した。
▲一般参賀に15万人の人の波。
新年号4月1日に発表される。
大正から昭和に変わる際。毎日新聞は『光文』と誤報した。実は『光文』で内定していたのだが新聞が先に発表してしまったというので『昭和』に変更されたという。足腰の弱くなった新聞記者に元号を”特ダネ”にする意欲はあるまい。
平成に続くふさわしい『年号』であることを願うのみである。
▲今年も餅で喉をつまらせ救急車で病院に搬送される人が少なくない。救急車が来るまでの応急処置で有効なのは電気掃除機に先の尖った器具に取り替え口の中に入れて取り除くことだ。この方法で助かった先例がある。
▲元旦の午後、例年の如く大國魂神社に初詣をする。参拝客は府中駅近くのケヤキ並木まで達する列であった。拝殿で『今年もまた世のため人のために微力を尽くす』ことを誓う。社殿近くの掲示板には「今年は明治維新から150年」という題で『教育勅語』を引用。「孝行」などの徳目を列記、参考にして身につけましょうという趣旨のことが書かれてあった。今年は2019年。明治元年の1968年から151年目になる。もっとも教育勅語は明治23年10月発布された。
▲天平宝宇3年(759)1月1日、因幡国府の庁で開かれた新春の賀宴で国守大伴家持は一首の歌を詠んだ。朝から大雪であった。
『あたらしき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事』
(新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家余其騰)
『餅一つ先ずは座らせ雑煮椀』寺井谷子
『初春や餅一つにて楽しけり』悠々
昔は正月の朝の餅は3,4個頂いた。其れが次第に減ってきた。今や小さいのが一個になった。
大晦日はBSテレビで映画『わが母の記』を見て過ごした。役所広司、樹木希林はいい俳優だ。樹木希林がなくなったのは残念である。その後、暮に友人の高尾義彦君が送ってくれた同人誌『人生八声』を手にとった。真っ先に高尾君が書いた『新聞記者 山本裕司』を読む。北畠霞君の『米国の書店を賑わすトランプ本』も面白かった。
▲平成30年も今日で終わりだ。
子規は「来年はよき句を作らんと思ふ」と詠む(明治30年)
私は自分の気持に正直な句を詠みたい。
今年は健康診断以外に医者に一度も診察を受けなかった。病気らしい病気にもかからなかった。まずは己の健康に乾杯だ。
もっとも体の衰えは隠せない。動くと疲れやすくなった。
外出の機会も少なく本を読むスピードがにぶくなリ世の中の動きを的確に掴むのが難しくなった。ニュースの裏にあるものを掴む努力は懸命にやらねばならない。
来年は「動乱の年」。さらに筆に磨きをかけねばならない。まあ「あわてず ゆっくり のんびる 考えて」やろう。
悲しい出来事があった。4歳年下の弟が89歳で亡くなった(9月21日)。
男ばかり7人兄弟で私だけが生き残った。葬儀の日、帰りの電車の中で詠んだ。
「吾一人生き残れりし秋時雨」悠々
XOOPS Cube PROJECT